そもそもウェルビーイングや
ウェルビーイング・テクノロジーとは何か?

 投資家として長年、シリコンバレーで仕事をする中で多くの起業家と会う機会があるのですが、スタートアップを始めようとする起業家のコミュニティー内で、「あのクラウドサービスの大手企業にはこういうソリューションがないから、これをつくれば必ずエグジットできる」というような、資金集めに役立つマニュアルのようなものができてきました。

 資金集めやエグジットをしやすい、といった理由でスタートアップを立ち上げる人たちが増えてくる中で、彼らが起業する理由に違和感を覚えるようになったんです。やはり「なぜ起業するのか?」、この「Why」の部分、つまり「Drive(動機づけ)」がすごく大事じゃないかと感じたんですね。

 そのような中、さまざまなウェルビーイング・テクノロジー系のスタートアップの人たちと会う機会があり、彼らと話していると、この「Why」の部分がすごくしっかりしている。創業者それぞれの個人的な理由に基づくものが多く、なぜこの会社を始めたのか、何を解決したいのか、彼らのめざすノース・スター(北極星)が非常に明確だったんです。それで彼らに共感し、今後はそういった起業家の方たちをサポートしていきたいと思うようになりました。これがひとつです。

 もうひとつの理由は個人的なことなのですが、知り合いがうつ病で悩んでいることを知り、私は知識がなかったので周囲に相談してみると、私もそうだよ、という人が、周囲に多くいたんですね。普段は幸せそうに見え、社会的な人間性を保ちながらも、心のバランスを失っている人が大勢いるという事実にハッとしたんです。

 SNS等を通じてさまざまな人とつながれるようになりましたが、それには当然、良い部分と悪い部分が表裏一体となっていて、明るく華やかな生活をしている知り合いの様子を見て、自分が落ち込んでしまう。SNSを使って自分のイメージをどう出していくか、マテリアリスティックなことが当たり前になっていく世の中の変化をつぶさに見てきて、テクノロジーというものは、もっと人間を幸せにするために使うべきではないか、テクノロジーで悩みや課題を解決できればより良い世の中になるのではないか、そう考えるようになり、今後は人間中心のテクノロジーにフォーカスした投資に従事していきたいと思ったのです。

――そもそも「ウェルビーイング」(well-being)とは何でしょうか。

 ウェルビーイングに関して世界保健機関(WHO)は憲章内で「身体的、精神的、社会的に満たされた状態」と定義しています。ウェルビーイングというのは、人によってさまざまです。身体の健康だという人もいれば、安定した心理状態だという人もいます。

 人は、ほかの誰でもなく「自分自身」であるためにこの世の中に生まれてきたと思うんです。子どもが生まれた時、親は当然、「幸せな人生を過ごしてほしい」「自分の持つ可能性を最大限に発揮してほしい」ということを思いますよね。人がより自分らしく、生きがいをもってポジティブな心持ちでいられること、そして本人の可能性を最大限に生かせるような生き方ができること、それがその人にとってのウェルビーイングなのだと思います。

――奥本さんは今秋、ウェルビーイング・テクノロジーに特化したファンドを立ち上げましたね。「ウェルビーイング・テクノロジー」とはどういうものなのでしょうか。

 人が身体的、精神的、社会的に満たされ、一人一人の可能性を最大限に引き出すための伴走者のようなテクノロジーだと私は思っています。

「ウェルビーイング」と聞くと、スピリチュアル的なものや、何となくふわふわとしたイメージを思い浮かべられることがまだまだ多いのですが、実際は脳科学や臨床心理学をはじめとした科学的知見に、デジタルテクノロジーやパーソナルデータをかけ合わせることで、心身や感情、対人関係に関する行動変容をより健康的な方向へ導いたり、自己実現のためのパフォーマンスの向上をサポートしたりするものです。

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 ウェルビーイング・テクノロジーの種類は多岐にわたるのですが、中には心身に影響を及ぼすリスクを内包することもあり、そのような「間違ったテクノロジー」が広まらないよう、世の中へ出す際には次の3つの条件をクリアしているかどうかは慎重に見ています。

(1)アカデミアや研究所でリサーチされていて科学的なアプローチが採用されていること
(2)研究成果が適切に反映できるテクノロジーとなっていること
(3)実際にそのテクノロジーを活用してみて行動変容を促すなどの効果が出ていること

 ウェルビーイング・テクノロジーの市場というのは急成長していて、GWI(The Global Wellbeing Initiative)の調査では2021年現在、400兆円規模に達しているといわれています。