3次まである厳しい予選を勝ち抜き、ファイナルで日本人としては実に51年ぶりの2位に輝いた。

【必読ポイント!】
◆ショパンコンクール2位の舞台裏
◇肉体改造とサムライヘア

 コンクールでは1ミリ以下の精度で指を動かし、自分が表現したい音色を奏でなくてはならない。精密機械のような精度で感情表現をするためには、大胆な肉体改造が必要だった。

 海外の会場は、4階まであるオペラ劇場や高い吹き抜けのある教会が多い。このような会場で4階の最後列までピアノの音を届けきるのは至難の業だ。ピアニストは演奏中、指だけでなく、目に見えないところで全身の筋肉をくまなく動かして指先をコントロールしている。また、お腹がでっぷり太っていることで、ふくよかで深みのある音を奏でるピアニストもいる。

 身長170センチ、体重49キロと小柄だった著者は、肉体的なハンディを乗り越えるために増量を決意した。炭水化物の摂取量を意図的に増やしたり、パーソナルトレーナーと筋トレしたりしながら、体を大きくしていった。

 また、一目で存在を認めてもらうために髪の毛も伸ばした。それをオールバックにして額を出し、後ろで結わえる「サムライヘア」にしたのだ。今では「Samurai」は世界共通語だ。「サムライピアニスト」、「おもしろそうなピアニスト」と聴衆の興味を惹きつける。現代のピアニストは、セルフプロデュースも必要なのだ。

◇ショパンの新しい通訳者になる

 ショパンコンクールにはかなり綿密な準備をして臨んだ。2010年と2015年のコンクール参加者800人が弾いた曲を全てリストアップしたのだ。演奏されるのはすべてショパン作曲の音楽であり、2回のステージでは延べ4000回ショパンの曲が弾かれている。どの曲が何回弾かれているか、手書きの「正」の字で集計した。
 
 ルールブックにある「ショパンの新しい通訳者」となるには、ショパンと真剣に向き合い、現代の視線を照射して譜面を解釈するストーリーテラーとしての資質も問われる。著者は実際にリサイタルなどでショパンを演奏しつつ、曲目の精査を重ねていった。

 どういった選曲が自分の奏法や表現と合っており、かつコンクールで勝てるものなのか。1次予選からファイナルへと続くコンクール全体で物語性を見出し、伝えたいことを「一本串に刺して」示す。この選曲の妙技によって、ショパンの見え方は驚くほど鮮やかになるのだ。