たとえば、あなたは大好きなアーティストのコンサートに行く時、どんな気持ちになりますか?「会えてうれしい」「やっとこの日が来た!」「早く会いたい!」とワクワクしませんか?
 また、慕っている先輩や先生、仲のいい友人に会いに行く時も、うれしくて心がはやるのではないでしょうか。

 この時、あなたの心はオープンになっているはずです。
 ご神仏にお参りする時も、そんなふうに自分が心から大事に思っている人に会うような気持ちで訪れてください。そうすると、ご神仏はとても喜んでくださいます。

 心を開くといっても、どうすればいいか、イメージが湧かないかもしれませんね。
 一言で言えば、「何も隠そうと思わないこと」です。

 人間の心理として私たちは、ご神仏の前では都合の悪いところを隠しておいて、お願いだけしようと思うものです。「私は何も悪いことを考えていません」「私には欲がありません」と、「いい子」でいたいという気持ちがどうしても出てきてしまいます。
 でも、それでは本当にもったいないのです。

 ご神仏は、あなたのことをすべてお見通しだと思ってください。
 つらい気持ちも、醜い気持ちも、心の中のドロドロやモヤモヤも、ご神仏は全部わかっています。そして、もしあなたが困っていたり、苦しんでいたりしたら、すぐに助けたいと待ちかまえておられます。
 でも、あなた自身の心が開いていないと、手のほどこしようがありません。

 心の中にある苦しみや悩みを見ないふりをしてお参りするのは、茶碗にフタをしたまま「お茶をいれてください」と言っているようなものです。本当の問題にはフタをして、表面的なお願いだけをかなえてもらおうとしても、ご神仏は手を差し伸べられません。

 ですから、ご神仏の前でとりつくろおうとしたり、格好よく見せようとしたり、気に入ってもらおうとして、自分をいつわったりしなくてもいいのです。
 建前(たてまえ)をやめて、本音をすべてさらけ出しましょう。

「包み隠さず、すべてお見せします」
「私のすべてを見たうえで、どうかよろしくお願いします」
 そんな気持ちで参拝してください。

 私自身も、つい自分の本音を隠して建前で祈ってしまったこともありました。
 そのたびに、落ちるはずのない物が落ちてきて、ハッとしたり、体をどこかにぶつけたりして、「あ、いい格好をしようとしていた」と気づかされるのです。