学術研究が不十分な分野で
誰が普及啓発などを行うのか

 こうした中、岸田政権は、6月9日に衆議院内閣委員会での審議入りを強行、各会派たった10分の質疑、しかも内容を批判したり、反対したりするのではない、確認的質疑のみの、合計1時間20分の審議で採決しようと画策、与党及び日本維新の会・国民民主党による修正案が提出されたため、これに加えて当該修正案についての質疑も行われ、全体で2時間20分程度となったが、それでもその程度。しかも、13日火曜日には衆議院本会議で採決し、15日に参議院内閣委員会、翌16日に参議院本会議で可決、成立させる日程が予定されている。

 当事者団体から反対や懸念の声が上がる中で、与野党内からもさまざまな意見が出される中で、そんなに拙速に成立を図って大丈夫なのだろうか?そこで本稿では、与党案に的を絞って内容を検証してみたい。

 まず、この法案、国による基本計画の策定や、地方公共団体、事業者等が理解の増進に必要な対応を行うよう努めることを規定した、全11条から成る、いわゆる理念法である。したがって、毒にも薬にもならない法案であると評する声も聞かれる。

 しかし、努力規定とは言っても、地方公共団体は小学生から始まって、理解の増進を図らなければならなくなるであろうし、国の施策に対する協力を拒むことは実態上困難であるから、事実上協力義務が規定されているに等しい(あくまでも地方分権推進の観点から、義務付け・枠付けなどをすることが容易ではないことから、このような規定となっているのだろう。そもそも当該事務は自治事務になるのか、法定受託事務となるのか?)。

 事業者も普及啓発や労働環境の整備、相談の機会の確保などが、実施状況の公表と相まって、事実上義務化されていると言っていいし、国および地方公共団体の実施する施策への協力についても同様である。さらに、学校も、小学校から大学(大学院を含む)まで、理解増進に関し、教育、啓発、教育環境の整備、相談の機会の確保などを行うこととされ、事業者同様、事実上義務化されていると言っていいし、施策への協力についてもまたしかりである。

 しかし、事業者にせよ学校にせよ、そうしたことはやったことがないところがほとんどであるから、どこかの「専門的」機関や事業者、団体などに任せざるをえない。そこに巨大なLGBT理解増進マーケットが広がっているように見える。

 政府は基本計画を策定することとされており、本分野を巡る情勢の変化を勘案し、関連施策の効果に関する評価を踏まえて、おおむね3年ごとに計画に検討を加え、必要に応じて計画を変更することとされている。

 この手の規定ぶりは、政府が基本計画を策定することとされている法律ではよく見られるもので、何ら不思議はない規定である。ただし、この分野に関してということになると、(1)情勢の変化をどう把握し、どう考えるのか、(2)施策の効果をどう評価するのか、(3)上記の(1)や(2)を行うに当たってどのような者に意見を聞いたり、委嘱や委託をしたりすればいいのか――という問題が出てくる。

 なにしろ専門分野として体系化されているとはまだ言い難いし、何か学問的な実績が積み重なってきているとも言い難い分野である。極論すれば、「私が専門家です」と主張すれば専門家になりえてしまう分野であると言えなくもない。むろん、草創期の学問分野であっても、平衡感覚を持って考察・研究し、意見を述べることができる研究者や専門家であれば、特段懸念は生じないのかもしれないが。

 もっとも、法案には第9条に国による学術研究の推進も規定されており、他の法令でも同様の規定は見られるものの、この分野に関する学術研究はまだまだ不十分であるという認識であるということだろう。