事務の所管が想定される
内閣府に深刻な負担増の恐れ

 第10条には、国、地公体、事業者および学校の、知識の普及や相談体制の整備についての努力規定が置かれている。「努めるものとする」とはされているが、何もしなかったり、取り組みが不十分だとされたりした場合における国会や地方議会における追及、メディアやネットを通じての批判、誹謗中傷などを懸念すれば、やらないという選択肢はないに等しいし、形だけやっておくということも難しくなるだろう。そうなれば、同条についても実質的には義務、少なくとも努力義務規定と考えた方がいいだろう。

 本法案が国会で可決され、施行されたとして、その所管、本法案に基づく事務の所掌はどこになるのかと言えば、内閣府となることが想定されているようだ。法案の付則には内閣府設置法に新たな所掌事務として基本計画の策定および推進が追加される旨規定されている。

 では内閣府のどこの部局が所掌することになるのかと言えば、これは少々専門的な話になるが、設置法に規定される箇所から考えると、内閣府の政策調整担当の政策統括官ということになるだろう。

 ただし、国の行政機関の定員は簡単に増やすことができない。現段階ではこの法案は公布してすぐに施行されることとされているので、すぐに担当する人員が必要になる。だが、すぐに増やすことが出来ないとなれば、取りうる方法は、既存の政策統括官の下(付=づき=とされる)の人員に併任という形式により、現在担当している事務に加えてこの法案に基づく事務まで担当させることしかない。

 具体的には、課長に当たる参事官に新たにこの分野を担当させて、その部下たちがその詳細な事務を担っていくというもの。ということは、端的に仕事が増えるということ。政策調整担当の政策統括官付はただでさえこの併任により多くの仕事をしているというのに、さらに、しかも特殊な分野の仕事を負荷されるというのは負担でしかないだろう。

 もし当該事務を新たに設けるのであれば、組織・定員の手当てにめどをつけてからにするのが妥当のはずである。学生の公務員試験離れが問題視され、処遇、特に働き方の改善が求められている中で、仕事を増やすことを平然とやろうとは、何という自己矛盾か。

 ちなみに、与党及び日本維新の会・国民民主党による修正案の柱は、第1条の目的に「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解が必ずしも十分でない現状に鑑み」を追加すること、「性同一性」という用語を「ジェンダーアイデンティティ」に変更すること、学校の設置者が行う教育や啓発等について「家庭および地域住民その他の関係者の協力を得つつ行う」という一文を追記すること、国及び地公体が行うべき施策の例示から「民間団体等の自発的活動の促進」を削除すること、与党案の第11条の後に、新たに第12条として「この法律に定める措置の実施等に当たっては、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする。この場合において政府はその運用に必要な指針を策定するものとする。」を追加することの4つである。これによって与党原案よりはまだマシになったとの意見も聞かれる。

 ただ、いずれにせよ、以上のように、政策面と組織面において二つの問題があり、懸念が多い法案であることは明らかである。先に紹介した要請書にもあるように拙速な審議ではなく、さまざまな問題点、懸念点を明らかにし、強行とも評したくなるような採決をすることなく、せめて継続審議とするぐらいの良識は持ってほしいものである。さもなくば、さまざまなところで亀裂や分断を生むことにつながりかねないように思われる。