ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

本田美奈子さんがクラシック・アルバムに向けて
ビジョンを伝えたMD9枚の102曲を全部聴く

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第22回】 2013年3月8日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

初のクラシック・アルバム「AVE MARIA」の企画にあたって、本田美奈子さんは日本コロムビアのプロデューサー岡野博行さんに「これが私のイメージ」と、9枚のMDを渡している。このMDを全部聴き、本田さんがどのような研究を続けていたのか考えてみたい。同時代のポップスからクラシックを展望する研究である。

毎日持ち歩いたテープ30巻

「MINAKOえとせとらテープ」30巻(1993-95)。専用のケースに入れて持ち歩いていた

 「ミス・サイゴン」最終日の翌日から、本田美奈子さんは「MINAKOえとせとらテープ」と題したカセットテープに各国女性ヴォーカリストなどの楽曲を編集して収録し、サウンド、歌唱法の研究材料としていたことは連載第11回で紹介した。1993年9月13日と日付の入ったno1(第1巻)から、95年11月18日付のno30まで、2年2ヵ月間に渡って30本に及ぶ研究テープを作成していたのである。

 全部で535曲、アーティスト79人に及ぶ「MINAKOえとせとらテープ」30巻を専用の黒いクロスのカバンに入れ、いつも持ち歩いていたという。かなり重いので、クルマに積んでいたのかもしれない。擦り切れたカバーの角の部分は黒いビニールテープで補強されていた。

 日本フォノグラム(マーキュリー)で1995年に制作したポップス・アルバム「晴れときどきくもり」の企画段階では、プロデューサー・ディレクターの牧田和男さんにも何本かコピーを渡していた。牧田さんの手元には95年4月8日の日付の入ったno25のコピー版が残っていた。これも連載第11回で書いた。

 本田さんは牧田さんに、「これが私のアルバムのイメージ」と言っていたそうだ。この時期の30巻535曲についてはいずれ全曲を分析する。

MD9枚に集約したクラシックへのビジョン

「AVE MARIA」最初の打ち合わせ後、本田美奈子さんが岡野博行さん渡した9枚のMD。自筆で楽曲名が書かれている

 2002年11月、クラシック・アルバムの企画打ち合わせで本田さんは岡野博行さんに、やはり「これが私のイメージ」と言って9枚のMDを渡している。このMDは岡野さんが保管していた。全部で102曲収録されている。「イメージ」というより、「研究に基づくビジョン」というべきだろう。「この曲を歌いたい」という意味ではなく、ビジョンである。30巻のテープとは別の資料だが、メカーノだけは重複している。

連載前回の最後にこの102曲をアーティスト順に並べた。もう一度記しておこう(2曲以上)。

①メカーノ(Mecano、アナ・トローハAna Torroja 1959-)39曲
②サラ・ブライトマン(Sarah Brightman 1960-)23曲
③フィリッパ・ジョルダーノ(Filippa Giordano 1974-)16曲
④シセル・シルシェブー(Sissel Kyrkjebo 1969-)12曲
⑤本田美奈子(1967-2005)7曲
⑥レジーン(Regine Velasquez 1970-)2曲

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

「かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」

⇒バックナンバー一覧