車と黒い波が押し寄せた「五差路」で
九死に一生を得た男性

 貞山堀の近くに住んでいたBさんも、公民館から閖上中学校へ移動途中、津波に巻き込まれたが、かろうじて生還した。

「避難場所が公民館だったので、向かう途中、道路の両サイドに車が停まっていて動きませんでした。“中学校へ行ってけろ”って言われて、行く途中に、5~6メートルの黒い波が来たんだね。ただ、水は飲まないで、流されて。五差路まで来ると、左巻きの渦を巻くんだね。そこで、グルグル回されて、交差点の倉庫の下の水路に、流れ着いて止まったんだよ。水は低いとこへと流れていくんだね」

 Bさんは、瓦礫の中を1.6キロ流された。そして、漂着した倉庫で、一晩を明かした。

「あの瓦礫の中では、助からねえな。寒かったなんてもんでねえな。もう1回波が来て、あと15センチ高くなったら、俺も死ぬのかなとか、いろんなこと考えた」

 そう振り返るBさん。

 当時は、作業着姿で、たまたま町内会のヘルメットをかぶり、非常用のナップサックを腹に巻いていた。そのヘルメットが水をはじいたことで、水を飲まずに済んだとともに、波に浮かぶことができたという。

多くの犠牲者を出した
“避難誘導”はなぜ行われたのか

閖上公民館のあった場所から閖上中を望む
Photo by Y.K

 遺族でつくる「名取市震災犠牲者を悼む会」は、昨年5月29日の第1回目以降、これまで3回にわたり、名取市長に公開質問状を提出してきた。

 閖上公民館から閖上中学校への避難誘導について、名取市は、どのように把握しているのか。同年6月12日付けの市の回答書によると、こう説明している。

<災害対策本部及び消防本部とも、そのような指示をしていないことを確認しています。閖上公民館の現場では、避難情報が錯綜している状況下において、「より高層である閖上中学校へ」という声があり、閖上中学校への避難誘導がなされたという報告を公民館長から受けております>