スピーチの内容よりも
重要なもの

 デール・ブレッケンリッジ・カーネギー(1888~1955年)は米国ミズーリ州メリービルの貧しい農家に生まれ、大学に進学するものの数々の苦労を強いられたそうです。功成り名遂げることを目指して弁論コンテストに参加するようになり、やがて参加したコンテストすべてで優勝を勝ち取る成績を納めるようになりました。大学卒業後、自らの住まいとして利用していたニューヨークYMCAでビジネスマンのための話し方講座を開講。やがて講座は人気を博するようになり、その講座の内容を編集したシリーズ本は次々に大ベストセラーとなりました。

 1936年の発刊以降、30言語以上に翻訳され、世界中で500万部を売り上げた『人を動かす』はカーネギーの代表作ですが、一方でカーネギーのテクニックに基づき、実践的で効果的な話し方が学べるデール・カーネギー・トレーニングは1912年の発足以来、90カ国以上で開催され、800万人以上がこのプログラムを終了しています。自己啓発のパイオニア、自己啓発系著者の原点などと呼ばれるカーネギーのキャリアは、この「スピーチ術」からスタートしたのです。

 興味深いエピソードがあります。そのころすでに「鉄鋼王」として名を成し、立志伝中の人物とされていた実業家にアンドリュー・カーネギーがいました。同じ姓ですが、縁戚関係はまったくありません。デールはそのアンドリューにあやかりたいと考えたのでしょう。なんと、ラストネームCarnageyの表記をCarnegieに変更し、アンドリュー・カーネギーのカーネギーと同じ綴りにしたのです。その効果たるやてきめん。おかげで、デールが話し方教室の講義会場として使っていたカーネギー・ホール(アンドリューが事業で得た富で建設した)は満員になったとか。

 閑話休題。では上手な話し方、効果的な話し方の秘訣とはどのようなものでしょうか。イギリス議会に伝わる古い格言のなかに、「万事は話すことがらにではなく、話し方にかかっている」というのがありますが、すなわち、あなたが何を話すかということよりも、むしろどういうふうに話すかが問題なのです。人のまねをせず、個性にかじりつき、個性を大切にし、個性を伸ばす。そうすることがあなたの話に力と真摯さを点じる火花になるのだと、カーネギーは力説しています。

あなたの話を聞く人たちが、あなたは話し方の訓練を積んだのではないかと思うようでは、あなたの話し方の指導をした先生の誉れとはなりません。ことに、私の講座の講師たちにとっては、それは不名誉なことです。あなたが〈正式の〉訓練を受けたことがあろうとは、聴衆が夢想だにしないような自然さで話すことこそ、あなたの指導に当たった講師たちの本懐です。よく磨かれた窓は、それ自体にはなんの注意も引きつけません。ただ、光を通すだけです。優れた話し手も、これと同様です。あまりの自然さに聞き手は気をゆるめ話し手の態度には注意を払いません。ただ、話されていることがらだけしか意識しません。(233~234ページ)