前回までは確定拠出年金をうまく活用することで、老後の生活資金を効率的に準備できるという話をしてきました。そんな話をしている中で公的年金の財政検証結果が公表され、メディアでも頻繁に取り上げられています。今回からはこの公的年金の財政検証について、オヤジ世代の皆さんにどのような影響があるのかを見ていくことにします。

今回の財政検証結果はそんなに悪くない

 新聞を欠かさず読んでいる皆さんの中には、今年の6月3日に公的年金の財政検証結果が公表され、新聞各紙で大きく取り上げられたのを覚えていらっしゃる人も多いでしょう。そこでの論調はどれも比較的ネガティブなものが多かったように思います。

 実は、私は今回の財政検証を総じてポジティブに受け止めています。なぜなら、(1)標準シナリオの所得代替率(現役男性の手取り収入に対する年金額の割合)が前回(平成21年)の財政検証よりも改善しているからです。前回の基本ケースでの所得代替率は50.1%であるのに対し、今回の標準シナリオ(ケースE)では51.6%(ここでは前回と同じ基準の数値を使用)と1.5%も改善しています。また、(2)今回はより多くのシナリオを分析したことで、想定される結果の範囲を計量的に把握することができるようになった点や、(3)今後論点となり得るいくつかの制度改革を実行した場合の影響度分析も実施しており、今後の公的年金改革の議論のベースになるという点も評価できると思います。

財政検証により「不確実性」が軽減

 (1)の所得代替率の改善はもちろん好ましいのですが、それよりも、私は(2)(3)が重要だと思います。(2)(3)については、シミュレーション結果が多すぎて何が大事なのかがわからないとの批判もありますが、私は多くのケースについて分析していること自体がとても大事だと考えます。年金制度のような将来についての議論をする際に、人々を最も不安にさせる要因は、将来を見通せないということではないでしょうか。先が見えないと不安だけが募り、人間はなかなか行動できなくなるものです。実際、こうした現象はリーマンショックに端を発した金融危機時に起こりました。通常、金融資産のリターンは何らかの確率分布(一般的には正規分布)に従うと考えられており、標準偏差はもちろん、100年に一度(1%)の悪い事態が実現した際のダメージについても、この確率分布を使えば算出できます。これらはいわゆる「リスク」と呼ばれるものになります。一方、金融危機後には、金融危機により生じたリターンがあまりに正規分布から乖離していたために、金融資産のリターンの真の確率分布につき誰も自信が持てず、不安を抱えた状況に陥りました。つまり、「リスク」が計算できなくなってしまったのです。結果として投資家は行動を起こすことができず、回復までにかなり時間がかかったのは皆さんもご記憶の通りだと思います。このような状況をアメリカの経済学者のフランク・ナイトは「不確実性」があるとし、計量できる「リスク」とは異なるものとして定義しました。