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ニューロビジネス思考で炙り出せ!勝てない組織に根付く「黒い心理学」 渡部幹

「嫌われたくない症候群」が迎える新年度~人生を破壊する過去のトラウマ

渡部 幹 [モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授]
【第22回】 2015年4月1日
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超有能で好人物なのに…
何の業績も出せない経済学者

 本連載「黒い心理学」では、ビジネスパーソンを蝕む「心のダークサイド」がいかにブラックな職場をつくり上げていくか、心理学の研究をベースに解説している。

普段は問題ないのに、ここぞというときに極端にあがる「嫌われたくない症候群」の背景に潜むものとは……? Photo:Paylessimages-Fotolia.com

 今日から新年度となり、多くの人が新しい環境で過ごす日が始まる。新しい職場、新しい学校、新しい地域に引っ越した人もいるだろう。それは、新しい社会関係に飛び込んでいくことを意味する。

 そういう環境におかれると、当然ながら人は「期待」と「不安」の両方が入り混じった一種の興奮状態となる。その状態が収まると、精神的にも肉体的にも「疲れ」が生じる。身体がだるい、よく眠れないといった身体的症状だけでなく、落ち込んだ気分になる、職場や学校に行くのが面倒、といった変化が生じる。いわゆる「5月病」と言われる状態がそれだ。程度の差こそあれ、新しい環境による緊張とその後の疲れは、誰にでもある。

 だが、環境によっては、その状態が極端になり、仕事や生活に支障をきたす場合もある。

 A氏は非常に優秀な経済学者だ。専門であるゲーム理論の分野では、ノーベル賞研究者の孫弟子格にあたり、高度な数学を難なく駆使する。プログラミング技術も一流で、いくつかの言語を扱える。そのため、行動経済学など、最近流行りの実証系の研究グループにも参加しており、そこでも素晴らしい才能を発揮している。

 人間的にも驕ったところがなく、穏やかでユーモアに溢れた、好人物である。

 だが、残念ながら彼には業績といえるほどのものがない。学術論文の掲載や権威ある学会での発表が、学者の最も重要な業績となるが、そのためには、論文を投稿し、査読者の批判や要望に応じて、書き直しや、データの取り直しを行う必要がある。一流の雑誌や学会では、査読者に回される前に拒否されてしまうケースも少なくない。

 彼ほどの実力者ならば、一流雑誌や一流学会でも、ある程度受け入れられるはずである。これは彼の周りの専門家の皆が認めているのだが、彼自身は驚くほど、そういうことには消極的なのだ。

 その理由がわかったのは、A氏の学会発表を見たときだった。驚いたことに彼は、まったく別人のようだった。

 発表に使ったパワーポイントは、充実していた。手に持っていた資料にも、びっしり書き込みがしてあり、準備を十分に行っていたことがわかる。だが、彼は全く話すことができない。汗が滝のように出て、それをハンカチで拭きながら、しどろもどろに話し出すが、まったく文章にならない。そうやって自分がどもってしまっていることに、焦るあまり、またわけのわからないことを話し出す。

 そうしているうちに発表時間が終わり、結局彼は実質的には何も話すことができなかった。聴衆は彼のパワーポイントの内容と、事前に配られた論文の内容を頼りに、理解するしか術はなかった。

 質疑応答の時間では、彼の発表の仕方をあからさまに批判するような大人げない指摘はなかったものの、理解できなかった部分について詳しい説明を求めるような質問がいくつか出た。それらの質問は、そんなに難しいものではなかった。普段の彼ならば、難なく答えられるものだったはずだ。だが、彼は発表時と同じく、しどろもどろのまま、ロクに答えることはできなかった。

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渡部 幹(わたべ・もとき)
[モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授]

UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成と変容を社会心理学・大脳生理学分野の視点から研究しており、それらの研究を活かして企業組織にも様々な問題提起を行なう。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。


ニューロビジネス思考で炙り出せ!勝てない組織に根付く「黒い心理学」 渡部幹

この連載の趣旨は、ビジネスマンのあなたが陥っている「ブラック」な状況から抜け出すための「心」を獲得するために、必要な知識と考え方を紹介することにある。社員を疲弊させる企業が台頭する日本社会では、「勝てない組織」が増えていく。実はその背景には、マクロ面から見た場合の制度的な理由がある一方、日本人の持つ国民性や心理もまた、重要な要因として存在する。そうした深いリサーチが、これまで企業社会の中でなされてきただろうか。本連載では、毎回世間で流行っているモノ、コト、現象、ニュースなどを題材として取り上げ、筆者が研究する「ニューロビジネス」的な思考をベースに、主に心理学や脳科学の視点から、その課題を論じていく。あなたは組織の「黒い心理学」を、解き明かすことができるか。

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