上海市場でも韓国が元気だ。薄型テレビ、携帯電話、韓国ファッション、そしてベーカリーからテコンドーに至るまで上海の市場に広く深く市場に浸透する韓国系。そのローカライズのあり方は、明らかに日本企業や日本人とは異なる。

 外灘、人民広場、中山公園――。人が集まるところには必ず「SAMSUNG」の7文字、かつて日本のブランドが支配的だったこの街も、韓国ブランドに塗り替えられようとしている。

社会貢献でも存在感を示し
中国に深く浸透したサムスン

 2000年代前半、韓国ブランドといえばまだまだ二流品でもあったし、当時もてはやされたのはやはり一流品といわれた日本製だった。

 韓国ブランドのイメージが変わり始めたのは05年前後ではないだろうか。日本では「冬のソナタ」「ヨン様」で沸き立っていた頃でもある。上海の市場においては韓国の携帯がひとつのエポックメイキングを作った。サムスンが売り出したのは紅いボディにバラの絵柄をつけた端末。女性をターゲットに絞り込んだ携帯に上海の若い女性が振り向いた。これにはなんと自分の生理日を記録でき、安全日を割り出せる機能までついていた。

中山公園駅前の広場をジャックするサムスンの広告

 サムスンの携帯電話はその後ぐんぐんと頭角を現すようになってきた。電車の中を見回せば、「Anycall」のロゴが入った携帯が眼に飛び込んでくる。ノキアに追いつけ追い越せ、そんな勢いが伝わってくる。

 サムスン電子は1992年8月の中韓国交正常化より数ヵ月早く中国に進出した。同年初めて天津に合弁会社を設立したことから始まる歴史は決して長いとは言えないが、09年、中国大陸への投資金額の累計は80億ドル、135の現地法人と研究所を持つに至り、その売上高は308億ドルに達した。ちなみにソニーの欧米を除く海外での売上高は09年度で約1兆8750億円である。