「覚える時間」と「練習する時間」の
理想的な比率とは?

 1917年、コロンビア大学の若き心理学者があることを思いついた。紳士録(社会で活躍する人物の略歴等を掲載した書物)という凝縮された情報の集まりは、ある問いの答えを見つけるのに役立つのではないか。アーサー・ゲイツは、暗唱という行為が記憶に与える影響に興味を持っていた。何世紀ものあいだ、学校の授業では、叙事詩、歴史上重要な人物の言葉、聖書の一節などの暗唱に膨大な時間が費やされてきた。いまではすっかり授業から消え去った学習法の一つだ。

 ゲイツは、読む(覚える)時間と暗唱する(練習する)時間の理想的な比率があるなら知りたいと考えた。たとえば、旧約聖書の詩篇23篇(主は私の羊飼い……で始まる一篇)を30分で暗唱できるようになりたい場合、聖書を見て詩篇を覚えるのに何分使い、記憶を頼りに暗唱の練習をするのに何分使うべきなのか? 記憶にもっとも定着する比率はどれなのか? この比率がわかっていれば、暗唱が授業の中心だった時代ではとくに重宝されただろう。

 とはいえ、この比率は現代でも役に立つ。シェイクスピアの『ヘンリー5世』に出てくる「聖クリスピンの祭日の演説」を覚えないといけない俳優はもちろん、プレゼンの準備、歌や詩の勉強をしている人にも役立つ。

 この比率が存在するかどうかを確かめるため、ゲイツは地元の学校5クラスを使って実験を行った。クラスの学年は、小学3年生から中学2年生にわたる。

 ゲイツは紳士録を覚えて暗唱することを子どもたちに課した。覚える数は学年によって変え、最年長のクラスは5人分を、最年少のクラスは3人分とした。覚える時間は1人分につき9分とし、その9分の使い方も細かく指定した。

 Aグループは覚えるのに1分48秒使い、残りの7分12秒で暗唱の練習をした。Bグループは9分を半分にし、覚えるのと暗唱の練習に同じ時間を使った。Cグループは、覚えるのに8分使い、暗唱の練習は1分だけ。このように、グループごとに時間配分を変えた。

 3時間後、暗唱を発表するときがきた。子どもたちは、割り当てられた略歴を覚えているかぎり暗唱した。

「エドガー・メイヒュー・ベーコン。作家。誕生日は、えっと、1855年の6月5日。バハマ諸島のナッソーで生まれて、ニューヨークのタリータウンにある私立学校に通いました。アルバニーの書店で働いて、それから確か芸術家になって、その後『ザ・ニュージャマイカ』と、えっと『スリーピー・ホロー』を書きました。たぶん」

 このように、次から次へと発表させた。イーディス・ウォートン、サミュエル・クレメンス、ジェーン・アダムズ、ジェームズ兄弟……。100人以上の子どもが、覚えた略歴を暗唱した。

 そうしてついに、ゲイツは独自の比率を割りだした。

 彼の結論はこうだ。「総じて言うと、最高の結果が得られるのは、およそ40パーセントの時間を覚えるのに使った後で暗唱の練習を始める場合だ。暗唱の練習を始めるのが早すぎても遅すぎても、暗唱の精度は低くなる」

 年長の生徒になると、覚えるのに使う時間の割合はもっと少なくすむようになり、全体の3分の1前後となった。「読む時間と練習の時間を最適な割合で使ったグループの結果は、読むことにすべての時間を費やしたグループに比べて30パーセント近く優れていた」と彼は書いている。

 これは言い換えると、『ヘンリー5世』の「聖クリスピンの祭日の演説」を最短で暗唱できるようになりたいなら、最初の3分の1の時間を覚えることに使い、残りの3分の2を暗唱の練習に使えということだ。

(※この原稿は書籍『脳が認める勉強法』の第5章から一部を抜粋して構成したものです。次回は1月9日(土)公開予定)