お金の価値を判断するときには、つねに「時間」のことを考えていなければならない。「30年後の1000万円」には、あなたが思っているほどの価値はないかもしれない。世の中の金融商品や詐欺、ギャンブルはこうした現金の「まやかし」の上に成り立っている。
年間500件以上の企業価値評価を手がけるファイナンスのプロ・野口真人氏の新著『あれか、これか――「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門』のなかから紹介していこう。
ファイナンス初心者をダマすための典型的手口
あなたは亡き父親の財産を相続することになった。
相続人はあなたと妹の2人だけだ。相続財産は預金2000万円だけかと思っていたら、なんと父は生前に2つの不動産を買っていたようだ。築20年の中古マンションと新築マンションそれぞれ1室ずつで、両方とも月25万円の家賃で貸し出しているなかなかの物件だ。
これをどのように分けようかと思っていると、妹がこんな提案をしてきた。
「実はちょっとお金に困ってて……。不動産については中古マンションのほうでいいから、現金2000万は全額、アタシに相続させてくれない?」
つまり、あなたが相続するのは新築マンションだけ、妹は中古マンションと大金を手にするというわけだ。
「そんな不公平があるか!」とこちらが口を開きかけると、妹はこう畳み掛けてくる。
「考えてもみてよ。たしかにどちらも月25万円の家賃だから、年間のキャッシュフローは300万円よ。でも、新築マンションの耐用年数は50年以上と言われているから、中古マンションより20年は多く稼げるでしょ? …ってことは、新しいマンションのほうが6000万円(=300万円×20年)は価値が高いってこと。
アタシだって本当は新築マンションのほうがいいわ。でも、とにかくいまはお金が必要なの。だから、中古マンションで我慢する分、2000万円はアタシに相続させてよ」
さて、なかなか油断のならない妹である。
このとき、妹の申し出に乗るべきだろうか?
たしかにここまでの考え方に従えば、新築マンションのほうが築20年のマンションよりも6000万円分、価値が高いということになる。また、現金はほとんどキャッシュフローを生まないから、ファイナンス的には価値が低いということだった。そうなると、妹が言うとおり、新築マンションを相続するほうがはるかに得であるかのように思える。
しかし、もしここで「わかった、悪いけどそうさせてもらうよ。本当に困ったときには、いつでも相談に来いよ」などと言って提案に乗ったのだとすれば、あなたはとんだ愚か者だということになる。完全に妹の策略にはまっているからだ。