こうして見てみると、MM理論はファイナンスの考え方を突き詰めていけば「誰でも思いつけた」レベルのものだとも言える。詳細な証明には立ち入らないが、理論自体も決して難しいものではなく、高等数学もまったく出てこない。

「借金は悪」「無借金経営が善」といった先入観から自由でありさえすれば、数ステップでたどりつけるシンプルなアイデアなのだ(もちろん、実際に自らそれを発想できるかどうかが決定的に重要なのだが……)。

企業経営者にとって「お金をどれだけ借りるか」というのはいつも悩ましい問題だ。無借金経営至上主義もあれば、「できるかぎりギリギリまで借入を増やしたほうがいい」などという人もいる。

また、お金を借りるのは企業だけではない。学資ローンや住宅ローン、はたまた消費者ローンという具合に、僕たちも人生のさまざまな局面で、人からお金を借りることがある。

では、僕たちは借金とどのようにつき合えばいいのだろうか?
これに対するファイナンス理論の答えは明確だ。

「どうぞ、ご勝手に」

ファイナンスは「僕たちが誰からいくらを借りているのか」「誰からも借金をしていないのか」を忖度しない。大切なのは、調達した資金がどんな資産に姿を変えているのか、そしてその資産がどれほどのキャッシュフローを生むのかということなのである。

「家の価値がローン残高を下回ってしまいました。どうしたらいいでしょうか?」というような質問が、新聞の家計相談コーナーに寄せられているのを目にすることがある。

世の中のファイナンシャル・プランナーなどの「専門家」たちは、「これは『債務超過』の状態です。早く家を売り払って損失の傷が広がらないようにしましょう」などと答えているが、この回答はファイナンス的にはピントはずれもいいところだ。

そもそも銀行は、あなたの家の担保価値だけではなく、あなたの「稼ぐ力」を見て、お金を貸して(投資して)いる。ローンの申込書に、年収や勤務先、勤続年数などを記入する欄があるのはそのためだ。現在の年収から将来キャッシュフローを、勤務先や勤続年数からリスク(割引率)を見積もり、ファイナンス的にあなたの価値を評価しているわけである。
かなりの高収入を得ているはずの芸能人やスポーツ選手でも、住宅ローンが借りられないことがあるのは、彼らのリスク(割引率)が一般のサラリーマンよりもはるかに高く見積もられるためである。