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ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

地獄の戦場で学んだ
“機先を制する”ことの大切さ

北 康利 [作家]
【第19回】 2016年8月17日
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変装して勝ち取った代理店契約

 昭和22年(1947年)11月のある夜のこと、一人の怪しげな男が、平野社長の泊まっている三条通の旅館の前に立っていた。

 つけ髭をし、めがねをかけ、髪型を変えてはいるが、間違いなくそれは塚本幸一その人である。何度も旅館の人間に追い返されて顔がばれていることから、彼はその日、変装して現われたのだ。

 寒いのに妙な汗が脇の下を流れてくる。我ながら妙なことをしていると思う。

 だが思い切って玄関をくぐった。

 そして出てきた女性に、うつむき加減で、

 「神戸のもんやが、平野さんはいらっしゃるかな?」

 と告げた。

 「まだお帰りやおへんが、どうぞお入りください」

 内心どきどきものだったが疑っている様子はない。

 神戸の取引先には丁寧に遇するよう言われているという情報は正しかったようだ。彼女は2階の平野の部屋へ通してくれた。そしてしばらくするとお膳と酒が出てきた。

 持ってきてくれた仲居には礼を言ったが、手をつけるわけにはいかない。じっと腕組みしたまま平野を待った。

 待てども待てども平野は帰ってこない。結局、平野が戻ってきた時には午前1時を回っていた。

 宿のものは寝ずに待っている。階下で玄関を開ける音がしたかと思うと、

 「ああそうか、それはえらい待たせたな」

 と話している声が聞こえてきた。平野の声だ。そして階段をのぼる足音が近づいてきたので、幸一は急いで変装を解いた。

 ここがまさに正念場。鼓動は高まったが、腹は据わっていた。

 「長い間お待たせしました」

 部屋に入るなりそう言って詫びた平野は、平伏していた人間が顔を上げ、それが幸一だとわかると絶句した。

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北 康利 [作家]

きた・やすとし/昭和35年12月24日愛知県名古屋市生まれ、東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。平成20年6月末でみずほ証券退職。本格的に作家活動に入る。“100年経営の会”顧問。松下政経塾講師。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』、『吉田茂ポピュリズムに背を向けて』(以上、講談社)、『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『西郷隆盛命もいらず、名もいらず』(WAC)、『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』(PHP研究所)などがある。最新刊は『佐治敬三と開高健最強のふたり』(講談社)。


ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

ブラジャー。この華やかな商品に一生を捧げた男がいた。戦後京都を代表するベンチャー企業「ワコール」を創業した塚本幸一である。インパール作戦の生き残りという壮絶な戦争体験を持つ彼は、いかにして女性用下着に出会い、その未開市場を開拓していったのか。ベンチャースピリット溢れるその豪快華麗な生涯を、いま最も注目される評伝作家・北康利が描きだす!

「ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一」

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