山崎元のマルチスコープ
2017年1月11日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

将棋連盟がスマホ不正疑惑で指した“悪手”を検証する

「不正はなかった」のに
「処分は妥当」はありえない

 昨年12月27日、将棋のプロ棋士・三浦弘之九段が対局中にスマートフォンを使用する不正を行ったのではないかという、いわゆる「スマホ疑惑」に関して、将棋連盟が調査を委嘱した第三者委員会は、「三浦九段が不正を行ったという証拠はない」との調査結果を発表した。同委員会は、同時に、竜王戦(読売新聞社主催)の挑戦手合いをはじめとする複数の公式戦について三浦九段を年末まで出場停止とした日本将棋連盟の処置は妥当だったとの見解も公表した。

 三浦九段及び家族をはじめとする関係者が被った名誉・経済・精神の被害は莫大なものだ。なにはともあれ、同九段の名誉の回復についてやっと正しい初手が指されたことは、よいことだった。その他の被害に関する補償についても、将棋連盟は最大限の誠意を示すべきだろう(金銭に換算するなら一億円でも安いと筆者は考える)。

 さて、第三者委員会の報告書だが、「三浦九段に不正の証拠なし」と述べることと、それでも「三浦九段の出場停止決定が妥当だ」と述べることが、両立するようには到底思えない。谷川浩司・日本将棋連盟会長は、竜王戦挑戦手合いの最中に問題が表面化しかねなかったことや週刊誌に記事が出そうであったことなどを当時の判断材料としてあげているが、公正を第一とすべき勝負の世界で、例えばその竜王戦は不可解な形で挑戦者が変わったのだから、「処分」と言おうが「処置」と言おうが、少しも妥当でなどなかった。

 日本将棋連盟のケースに限らないが、不祥事の当事者が任命する第三者委員会の納得性の乏しさをあらためて印象づけた(今回の一連の事態は日本将棋連盟も一方の被告である)。

 率直に言って、問題の、取り上げ方も、その後の措置も、決着させようとしている方法も、日本将棋連盟は「失敗した」。

 なお、一将棋ファンとして申し上げると、心中不本意な思いで竜王戦の挑戦手合いに臨んだにちがいない丸山九段は、一局目こそ気乗りがしないかのような敗戦であったが、二局目以降、最終の第七局まで素晴らしい将棋を見せてくれた。彼が取った行動は妥当だった。今は、「おつかれさま」と申し上げて、同九段の今後の活躍に大いに期待したい。

 さて、本稿では、主として日本将棋連盟が「なぜ」・「どこで」間違えたのかについて検討して、日本将棋連盟以外の組織にも参考となる「教訓」を探したい。将棋では、敗因となった悪手の特定と、その悪手を指した原因を探るために通称「感想戦」(対局者による局後の検討)を行うが、感想戦は、次に悪手を指さないことを目的として行うものだ。

将棋連盟の第一の失敗は
弁護士に相談しなかったこと

 日本将棋連盟は、公益社団法人であり高い知名度を持っているが、ビジネスとしての実質は売上27億5000万円(平成27年度、経常収益合計)程度の中小企業だ。

 中小に限らず、企業が判断のミスを犯すことは多々ある。日本将棋連盟は、今後、今回の問題の教訓を活かして、経営を改めて発展を目指すといい。

 有力棋士による、三浦九段への疑惑の問題提起を受けた時に、日本将棋連盟が第一に失敗したのは、簡単な話で気が引けるが、「弁護士に相談しなかったこと」だろう。三浦九段の問題を報じた『週刊文春』の記事によると、有力棋士に不正の疑いを告げられた連盟の理事は、理事会及び有力棋士数名で、即ち仲間内だけで、問題を解決しようとしたようだ。

 弁護士であれば(弁護士でなくても普通のビジネスパーソンでもだが)、証拠も三浦九段本人の同意もないまま、問題を三浦九段に不利な形で表面化させたなら、三浦九段の権利を侵害したとして日本将棋連盟が訴えられて負けるリスクが大きいことを指摘したはずだ。日本将棋連盟は、自らの法的なリスクに対して、全く無防備だったと言わざるを得ない。

 企業の場合も、社員や顧客に対して著しく不利益となる行動を取る場合(たとえば、社員の解雇など)、自らに法的なリスクがないかを確認するのが常識だ。

 日本将棋連盟のサイズのビジネスで、専門の法務部門を持つ必要まではないと思うが、現役選手(つまりプロ棋士)同士の利害が対立する問題が起こりやすいビジネスだし、著作権などで微妙な問題が起こってもおかしくないのだから、法律家を理事会に加えるような取り組みが必要なのではないだろうか。

 また、棋士間のトラブルを、現役の棋士が行う対局の立会人や、現役の棋士で構成される理事会で裁定する運営の方法にも問題があるように思われる。

 三浦九段は、疑いなくトップ棋士の一人だが、三浦九段にかけられた嫌疑について検討した人々は現役の棋士であり、三浦九段が出場停止なり引退なりの事態に至ると利益を得る可能性がある人たちだった。

 なお、三浦九段の不正を疑って、彼の告発に関わった棋士たちを責める必要はないと筆者は考えている。ライバルの不正を疑ったり、マナーに文句を言ったりすることは、他の競技でもあり得る。問題は、告発を受けた日本将棋連盟がこれを的確に処理できなかったことにのみある。

現役棋士が競技運営に関わるのは
他のスポーツでは異例

 スポーツと同様に、将棋も競技が公正であると見えることが、競技の商品価値を維持する上で極めて大切だ。

 スポーツの世界で、ドーピング検査を別の現役選手が行ったり、競技上の判定を別の現役選手が行ったりするのでは、選手もファンも納得しないだろう。

 将棋といくらか似た運営で、八百長疑惑が起こったこともある大相撲ですら、勝負審判は引退した力士が行っているし(本当はテニスの「チャレンジ」のような仕組みを作るべきだろう)、協会の運営も引退した親方によって行われている。

 将棋の場合、手の解説などで新聞社にとって便利なのだろうし、立ち会いを務める棋士にとっても勉強と同時に収入にもなるのだろうが、タイトル戦の立会人を現役棋士が務めているのを見ると、本格的なトラブルがあったらどうするつもりなのだろうかと、いつもはらはらする。

 もちろん、競技そのものの運営も第三者から見ても公正性が納得できるような改善が必要だろう。今後、スマホ等の機器をチェックする金属探知機の導入や対局中の離席に関するルール強化が行われることになろうが、監視カメラや監視員・審判員が必要かもしれないし、対局中の棋士の行動範囲を厳しく制約することが必要かもしれない。外界からの遮断が保証されているが、棋士が気分転換もできるような対局場の新設も必要かもしれない(なお、ビジネスの拡大を目指すなら、日本将棋連盟のビルは既に手狭であると感じる)。

 今まで、比較的自由に行動してきた棋士たちにとって、各種の制約は窮屈かもしれないが、いざというときに自らの潔白の証明と、「対局」という商品の品質保証のために必要なのだから、厳しいルールへの適応を目指すべきだろう。

先を読むのが仕事なのに
ビジネスが「読めていない」

 将棋のプロ棋士は将棋というゲームにあって先を読むことが得意な人たちだ。

 そんな先読みの巧者たちが集まっているはずの日本将棋連盟は、第三者委員会が「三浦九段はクロである」という裁定を下したら、どうするつもりだったのだろうか。

 おそらく、三浦九段に何らかの処分(1年間出場停止など?)を下して、自らの処置が正しかったと主張することになったのだろうが、ビジネスとしてのプロ将棋は大きなイメージダウンを被っていたはずだ。

 万一そうなっていた場合、三浦九段側は訴訟に訴えて、この問題への注目は長期化しただろうから、プロ将棋にとってのビジネス的ダメージはさらに拡大した可能性が大きい。

 そもそも、「確たる証拠」か「本人の同意」がない限り、日本将棋連盟は「不正は存在しない」という立場を取るしかなかったのだ。「クロ」を確定できた場合のみ、「即刻処理する」。これ以外の選択は、ビジネス的にあり得なかった。

 週刊誌に疑惑を指摘する記事が出たとすれば、三浦九段と一緒に名誉毀損で出版社を訴えるという構えでよかった。対局の公正が疑われ、棋士の人権が侵された時に当事者として立ち上がらない「連盟」などというものに、存在する意味はない。

 にもかかわらず、告発を問題として大っぴらに取り上げ(第一の悪手)、不正が確認できない段階で三浦九段を出場停止とし(第二の悪手)、納得性の乏しい第三者委員会を設置し時間をかけて検討した(第三の悪手)。

 この間、プロ将棋はネガティブな注目を浴び続け、ビジネス的には大きな損失だった。結果がシロであれクロであれ、時間をかけるだけビジネス的にはダメージを負うという先が「読めて」いなかったことが惜しまれる。

 また、仮に「疑惑」が報じられてしまったとしても、疑惑の起こらない状態で対局を行って決着を付けるような特別な演出を追加的なビジネスにつなげることが可能だったのではないだろうか。

 日本将棋連盟は、せっかく将棋というポピュラーでファンの多いゲームと、プロ棋士及びプロの対局というコンテンツを持っているにもかかわらず、これを十分ビジネスにつなげていないことが歯がゆい。

 たとえば、平成27年度の「正味財産増減計算書」を見ると、経常収益の合計は、前述の通り約27億5000万円だが、そのうち、「普及収益」はたったの3億6500万円しかない。将棋は、スポーツや音楽のように、「見せる」と同時に、ファンが参加できるエンタテインメント・ビジネスだ。もっと、将棋ファンから収入を得ることができる「商売」のやり方があるはずだ。

 一方、新聞社など少数のスポンサーに依存する「棋戦等契約金収益」は、約20億円だ。絶対額は大きくないが、全体に占める割合は大きい。そして、大きなスポンサーである「新聞」は継続的に部数が減っている斜陽産業だ。

 日本将棋連盟は、将棋をもっとビジネスとして推進できる経営陣を持つべきではないだろうか。

谷川会長の辞任で
けじめをつけるべきだ

 今回の処置の誤りに対して、日本将棋連盟が考えた引責措置は、谷川会長の三浦九段に対する謝罪と、会長、専務理事、常務理事の幹部三人に関する、3ヵ月間・10分の3の減給措置だけのようだ。率直に言って、軽すぎる。

 三浦九段の来期順位戦A級維持は、三浦九段に対するある種の救済措置だが(しかも、三浦九段も他のA級棋士も納得できないかもしれない不完全な措置だ)、連盟執行部の引責ではない。

 谷川会長は、記者会見で「三浦九段につらい思いをさせた。申し訳なく思っている」と述べたが、本来は「三浦九段に対しては、私の判断の誤りで、取り返しのつかない失礼をしてしまった。心よりお詫び申し上げます」と述べるべきだった。

 また、減給3割・3ヵ月は、おそらく人間の極限に近いくらい腹立たしくもあり同時に胸が潰れそうなほど不安な思いをしていたはずの三浦九段の精神的苦痛に到底釣り合うものとは思えない。まして、連盟が委嘱した第三者委員会の、「連盟の処置は妥当」との結論には、全く納得性が乏しいのだ。

 企業が不祥事を起こしたり、著しい業績不振に陥ったりした場合に、社長が形だけ謝罪して、「社業の立て直しが、私の責任だ」などと言って、社長の椅子に居座り続けると、顧客が腹を立て、社員のモチベーションがダウンし、株価が下がって株主も困るという事例が多々ある。

 日本将棋連盟も主力商品である「プロ将棋の対局の公正性」を限りなく重く見ていることを示すために、ズバリ、谷川会長が辞任すべきではないだろうか。

 プロ将棋のビジネス的ダメージを最小限にとどめるには、谷川九段の会長辞任が、最も低コストでかつ効果の大きなメッセージではなかろうか。

 企業の世界でも、トップが辞めてくれさえするなら、物事が丸く納まったり、ビジネスが被るダメージが大幅に軽減されたりする場合がしばしばある。「必要な時は適切に辞める」ということも、社長やCEOの重要な「仕事」だ。

 谷川会長の辞任は、「三浦九段本人はもちろん、同九段を告発した棋士、告発に賛同した棋士、問題を傍観した棋士などが問題だった訳でない。ただ、日本将棋連盟の当該事案に対する判断が問題だったのだ」というメッセージを発するには極めて分かりやすい。全ての棋士たちとプロ将棋のブランド価値を守る上で大いに効果的な方法ではないだろうか。

 幸い、谷川九段は「十七世名人」の称号を持つ大棋士であるとともに、現在もA級のすぐ下のB級1組で戦う現役の一流棋士だ。連盟の会長職を離れることは、棋士としての勝負にプラスだろうし、谷川氏ほどの大棋士なら、引退後にまた連盟の運営に関わってもいい。

 三浦九段の問題に関わったその他の理事たちは、辞める判断をしてもいいし、減給等で済ませてもいい。好きにするといい。こうした場合、トップがけじめを付けることが肝心なのだ。

将棋勝負で決着をつける
という手法もあったはず

 ところで、エピソードのある勝負は興行的に面白い。たとえば、谷川九段がA級に復帰して、三浦九段と順位戦で戦う対局が実現すると大いに注目を集めるだろう。

 なお、興業的側面から考えると、週刊誌の記事などで問題が起こった場合、不正ができない環境で「勝負で決着をつける」かたちで問題を解決する方法もあったはずだ。当事者は大変だが、将棋ファンとしては、その方が面白い面もある。

 共に故人だが、かつての大山康晴会長、米長邦雄会長のような将棋と共に世間知にも長けた方なら、ネガティブではあっても、注目度の高さを利用する方策を考えたのではないだろうかとも想像してしまう。だが、有力棋士がたまたま経営センスを持っているような状況に期待するのはもう限界だろう。

 今回の連盟の不首尾は谷川会長に決着をつけてもらうことにして、あとの棋士たちには、大いにのびのびと、いい将棋を指してもらいたい。

 今回の経緯には、納得の行かない点が多々ある。だが、プロ将棋界が困っている時に応援してこそ、将棋ファンというものだろう。筆者は、残念ながら将棋はあまり強くないけれども、間違いなく将棋ファンである。

 将棋界の改善と発展を心より期待する。

(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 山崎 元)