義手の「欠損アイドル」として、私が積極的に活動する理由「アイドル」として活動する琴音さん

昨年、3月には乙武洋匡氏の不倫騒動があった。夏には『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)の裏番組『バリバラ~障害者情報バラエティー~』(NHK Eテレ)で、障害者当事者たちが「24時間」の障害者の取り上げ方について「“感動ポルノ”だ」と言及。これまでの“障害者というカテゴリー”に対する、イメージという名の“偏見”が徐々に剥がれはじめている中、自らの“欠損”を武器に、アイドル活動をする女性がいる。そのアイドルは、琴音さん。彼女が語る、彼女の“日常”からは、一体何が見えるのだろう。(取材・写真・文/フリーライター 有山千春)

右側からワゴン車が突っ込み
高校1年生のときに右腕を失った

 琴音さんが右腕を失ったのは15歳、高校1年生のときだった。

「当時の記憶は曖昧で、覚えているのは、夜、バイトの帰り道に、右側からワゴン車に突っ込まれた、ということくらいです。目撃者によると、事故直後に私、『痛い!痛い!誰か助けてー!痛いよ!』と叫んでいたそうなんですが、記憶にないんですよね」

 1~2週間もの間、意識は混濁し、ようやく目を覚ましたときに初めて、自分の右腕がないことに気づいた。

「寝たきりだったから、自分がどういう状態かわからなかったんですよね。ただ、触れないけど全身が痛くて。痛みがあるから、『私、生きてるんだ』と実感しました。そんなとき、お母さんが、なんとも言えない顔で言ったんです。『ないんだよ、右腕』って。何を言っているんだろう、と思って見ると、『あ!本当だ!ない!』」

「お母さんの方が辛かったのでは」と、琴音さんは慮る。その後、義手を適合させるために、切断専門の病院に転院。手の型を取って装飾義手を作ったり、能動義手(残された身体機能の動きを利用する義手)で細かい作業をしたりと、2年間をその病院で過ごすことになる。