今年の2月、米国の学術誌「Science」に一つの臨床試験結果が報告された。閉経後骨粗鬆症の女性の皮膚の下に、骨量の増減に関連するヒト副甲状腺ホルモンを封入したマイクロチップを埋め込み、双方向のワイヤレス通信で1日1回、薬剤を放出。試験参加に同意した8人全員で新しい骨をつくる動きが促進されたという。初めて人を対象にした臨床試験だったが副作用や有害な反応はなかった。

 ヒト副甲状腺ホルモンは強力な骨粗鬆症治療薬だが、消化吸収されてしまうため飲み薬には不向き。あまり意識はされないが、病気に効く薬といえど、体にとっては単なる異物。当然、機械的に無毒化し排除しようとする。例えば飲み薬の有効成分が患部に到達するには、胃の酸性地獄に曝され、有害物質を関所止めする腸管の狭き門をくぐり抜け(吸収)、ようやく血液中に逃れたと思いきや、今度は肝臓で徹底的に無毒化(分解・代謝)されるという難関が待っている。下手をすると役目を果たせず排泄の憂き目に遭うのだ。

 注射剤なら多少ハードルが低いが、今度は体内に薬をとどめる制御方法が難しい。副甲状腺ホルモンには注射剤があるが、連日の自己注射か週に1回、通院する必要がある。かといって、長期間保つように大量に薬剤を投与すれば、今度は副作用が強くなる。このため、20世紀の後半から患部にのみ確実に薬剤を配送する「ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)」が盛んに研究されてきた。

 DDSの特徴は薬を届ける「指向性」と、適切なタイミングで有効成分を放出する「放出制御性」にある。ようは薬の効き方をコチラ側でコントロールできるのだ。今回の成果はその典型だろう。

 マイクロチップ以外にも人間の細胞やDNAを使った方法が開発中だ。特にDNA鎖の足で細胞内を移動する「DNAロボット」は抗がん剤領域での期待の星。この2月には薬剤のデリバリーどころか、がん細胞の増殖プログラムを一転、自滅プログラムに書き換えるDNAロボットが完成している。まるでSFの世界だが、こちらはまだ実験段階。われわれが手にするまでには時間が必要だ。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)

週刊ダイヤモンド