昨年11月初め、サンフランシスコにあるモスコーネ・コンベンションセンターは、9500人の聴衆で埋め尽くされていた。ステージの上では、腰を振る小さなハワイアン人形が多数テーブルの上に並べられ、観客の中から壇上に呼び出された人々が嬉しそうに人形を受け取って笑顔を振りまいている。
まるで古めかしいクイズ番組の授賞風景のようだが、実はこれはセールスフォース・ドットコムの年次会総「ドリームフォース」での一風景である。ステージの上で表彰されているのは、「顧客ヒーロー」賞の受賞者。導入された同社製品に改良を重ねて社内の生産性向上に成功した、顧客企業の担当者らだ。
昨年11月にサンフランシスコで開かれたセールスフォース・ドットコムの年次総会「ドリームフォース」でのひとコマ。マーク・ベニオフCEO(写真中央)からチーフイノベーションオフィサー賞を受賞する日本郵政幹部 |
ハワイアン人形の“キッチュ”さに加えて、その横でセールスフォースCEO(最高経営責任者)のマーク・ベニオフが飛ばす冗談にワッと湧く会場(インタビュー参照)。この和気あいあいとした雰囲気は、テクノロジー企業のイメージとはかけ離れている。もし既視感があるとすれば、それはわれわれが忘れつつある一昔前の日本企業の一致団結した組織の姿だろうか。しかも、ここでは社員だけでなく、顧客までもが一緒だ。
セールスフォースは1999年に創業した。セールス自動化や問い合わせ・苦情対応、顧客データ管理などを一元管理する企業向けソフト「CRM(顧客関係管理)」を開発する。ただし、同社が注目を集めたのは、それをパッケージソフトではなく、インターネット経由のサブスクリプション(購読)サービス、すなわちSaaS(Software as a Service)として最初に提供し始めたからである。
創業当時は、テクノロジー業界関係者ですらこの手法を眉唾ものとして見ていた。自社のビジネスは自社の壁の内側で行い、向こう側のインターネットとは分けておくべきというのが大方の見方だったからだ。
ところが、このわずか半年余りで、SaaSは急速に市民権を得た。何といってもその背景には、情報システム構築に巨額の設備投資を繰り返してきた企業が安価な購読契約を結ぶだけでいいSaaSという形態の持つ経済効果に気づいたということがある。
ちなみに、SaaSを含むクラウドコンピューティングは2011年までに1600億ドル規模に膨張すると目されている。大騒ぎされたあのウェブ2.0市場ですら、2013年までで46億ドル規模(企業向け)と予測されるに過ぎないことと比べると、巨大ぶりがお分かりいただけるだろう。