東証一部に上場している大手アパレル会社の社長が、インサイダー疑惑で証券取引等監視委員会から調査を受けていることが一部報道で明らかになった。その人物は、Pinky&Dianne や P'EARY GATES といったブランドで有名なサンエー・インターナショナル社長の三宅正彦氏。三宅氏は2006年4月、自身が保有する自社株数千株を売却し、数百万円の利益を得たとされ、当時同社には新株発行による公募増資の計画があり、それが発表される前に、株価下落を見越して売り抜けたのではないか――というインサイダー取引の疑惑がかけられている。
「村上判決」で拡がった
インサイダー違反の範囲
近年、われわれ弁護士のもとには、各企業から、自社株の売買や役員の株取引などに関して「いま行なっても大丈夫かどうか、意見書を出して欲しい」という要望が寄せられることが多い。そういう意味では、インサイダー取引の範囲がわかりにくく、専門の弁護士の見解が必要だということだろう。
その理由の1つとして、2007年の7月の「村上判決」がある。村上判決では、インサイダー取引の適用範囲が、合併やTOBなどの重要事実の決定について「実現可能性が高いことが必要ではない」ということが示されている。つまり、「可能性が全くない場合」にはインサイダー対象外となるが、「可能性が少しでもある場合」にはインサイダー対象となってしまうということだ。村上判決の例でいえば、「ライブドアが取締役会でニッポン放送株の大量取得を決議した(もしくは決議する可能性が高い)」という状況が必ずしも必要ではなく、「堀江社長や幹部が宴席で大量取得をほのめかした」程度でもいい、ということにされているのである。
そもそも、どの企業においても多くの業務は常に「可能性」で動いていることが多い。しかし、村上判決のロジックに従えば、少しでも可能性がある事実を知ったうえで取引をした場合、それが結果的に重要事実に該当したとなると、かなりの部分がインサイダーに該当するとして、取引が禁じられてしまう可能性が高い。
コマツが昨年3月にインサイダー取引として課徴金を4378万円払わされたという事件があるが、ある意味これは気の毒な事件である。2005年7月、コマツは自社株買いを行なったが、その期間中にオランダの子会社の解散を発表した。コマツとしては休眠会社を解散しただけなので、株価に影響を与えるものではないと思い込んでいたという。本来、子会社の解散には、「軽微基準(適用除外事由)」(※重要事実の中でも、投資家に与える影響が軽微なものとしてインサイダー取引の規制対象とはならない)は適用されないとされており、コマツのこの一件は形式的にインサイダー取引に該当するとなってしまった訳である。
このように、インサイダーとして禁じられる範囲が、今まで考えていたものよりも拡がっているのではないかと思われる。つまり、「実現可能性が高いことが必要ではない」として「可能性」で拡がってしまっているのだ。また内容的にも、一見すると株価に影響のなさそうな行為(コマツの例でいうと休眠会社を解散すること)であっても、インサイダーに該当してしまうということになる。そうなると、自社株の売買はもちろん、特に役員個人の株取引に関しては、相当注意しなければならない。