お節介なベトナム人に助けられて
最後に1つ、ベトナム人に助けられたささやかなエピソードを紹介したい。
私がバイクで移動中のことである。横を散水車が追い抜かしていった。地面に水をまいて清掃しながら走る大型車両である。そこから出てくる水圧が意外と高く、それを車輪にまともに受けた私のバイクは転倒してしまったのだ。
速度は40キロくらい出ていた。私を乗せたバイクは、転倒した状態のまま、10メートルほどだろうか横滑りをした後、歩道との段差に当たって停まった。
その時周囲にいたベトナムの人たちの動きは見事なまでに素早かった。2人の男性が駆け寄ると、1人が、バイクと一緒になって倒れている私を抱きかかえて歩道の上に移動させてくれた。もう1人は、まだエンジンがかかったままになっているバイクのエンジンをとめ、これも歩道の上に押し上げる。
私のズボンは裂けていていた。シャツも右袖の部分はボロボロに破れていて、流れ出た血で真っ赤だ。
気がついたら私の回りには小さな人だかりができている。大した痛みはなかったが、派手に血が流れているので、おおごとに見えたらしい。
「すぐに病院に行け。おれがバイクで連れて行ってやる」
最初に駆け寄ってくれた2人組がそう申し出てくれた。
「自分のバイク? そんなの後だ。ここのオバちゃんが預かってくれるから」
彼が指差す方向を見ると、私が転倒した場所のすぐ近くの路上で、バゲットサンドを売っていたオバちゃんが、「任せとけ」とでも言うように、大きくうなづいている。
不幸中の幸いというべきか、私が転倒した箇所から50メートルも離れていない場所に、日系のクリニックがあった。そこなら保険もきく。
「近くに日本人のお医者さんがいるから」
と説明すると、2人組の1人が「それじゃ」と言って、クリニックの駐輪場までバイクを運んでくれた。見た目の派手さに比べ、怪我の具合はまったく大したことはなく、すぐに治った。
ホーチミンシティの人はお節介で、時にはそれがうるさく感じられることもある。しかし、この時ばかりは、彼らのお節介に心から感謝した。ここに長く住んでいると、「何とかなるさ」と思ってしまうのは、こういう「見えないセイフティーネット」があるからかもしれない。
タクシーとバイクの接触事故の現場。市街地では速度があまり出せないため死亡事故は比較的少ないが、軽微な事故は頻発している【撮影/中安昭人】
(文・撮影/中安昭人)
1964年大阪生まれ。日本での約15年の編集者生活を経て「ベトナムスケッチ」(現地の日本語フリーペーパー)の編集長として招かれ、2002年7月にベトナムへ移住。その後独立し、出版および広告業を行なう「オリザベトナム」を設立。 2000年に結婚したベトナム人妻との間に娘が1人おり、ベトナム移住以来、ホーチミン市の下町の路地裏にある妻の実家に居候中。





