これを明確に構造化したのがゲームなのだとすると、ゲーム需要がある程度盛り上がるのも理解できる。ゲームそのものの好き嫌いはあろうものの、15分なら15分、という決まった範囲の中で楽しめる設計になっていれば、「ちょっと一息」という時間の使い方は、確かに悪いものではない。
斜に構えた見方かもしれないが、ソフトバンクがゲーム分野への投資を強めているのも、そういうことではないか、と思うことがある。嗅覚の鋭い孫正義社長が、「所詮スマホは暇つぶしの道具に過ぎない」と看破した結果、この領域が比較的サイクルの短い投資対象として、魅力的に見えているのかもしれない。
しかし、ゲームもまた「中毒性」がある。1つのプレイは15分程度で完結しても、「また次をやりたい」という気分になったら、結局ずっとゲームをやっていることになる。あるいは中毒性が仕組まれたゲームこそ、人々を虜にするのかもしれない。ソーシャルゲームの興隆を見ていると、そうとしか説明できないような気がする。
ところで、アメリカで制作されたショートムービーが、少し前に日本でも話題になった。2分少々と短い作品なので、内容の説明は一切割愛し、本編をご覧いただきたい。
このショートムービーを見て、スマートフォンを今使っている人の多くは、よくある光景、さらにいえば自分自身を見ているような気分になるのではないか。少なくとも私は、あまり笑えなかった。
スマートフォンでできる、SNSもメールチェックも、便利なものだ。ゲームもまた、ちょっとした娯楽として、生活を豊かにしてくれるだろう。だが、それらを本当に使いこなすには、自らを相当強く律することが必要だということを、このショートムービーは、言いたいのかもしれない。



