スマートフォンを
スマートに使いこなす人に注目する
自分が自分の行動を律する、自分が自分の情報をコントロールする――理念としては美しいし、おそらくそれこそがスマートフォンを使うにふさわしい、スマートな人に求められる要件なのだろう。しかしそれは、事ほどさように、難しい。
少なくとも、現時点のスマートフォンは、何かを消費させる方向にばかり、機能しているような気がする。SNSはコミュニケーションを消費させ、ゲームはお金も消費させる。あるいはスマートフォンそのものが、私たち人間の生活時間を消費する機械に、なっているのだろう。
それはそれで悪いことではない。消費がなければ経済は成り立たないのは、失われた20年を経た日本社会に暮らす我々が、世界中の誰より痛感しているはずだ。しかし、消費は生産とバランスがなされてこそ、はじめて社会でその価値が輝くものでもある。
では現在のスマートフォンは、生産に何らかの寄与を果たしているのだろうか。あるいは仮に、スマートフォンが消費のみをドライブする装置だとして、スマートフォンによる消費は、社会全体の生産活動を、前向きに促進しているのだろうか。
前述したPCとネットの興隆時も、そんな議論はあった。しかし、PCは(主にExcel等の表計算ソフトの登場によって)第三次産業の生産性を劇的に向上させたし、いまや第二次はおろか第一次産業であっても、PCを使った業務管理が求められる時代でもある。またネットも、電話とFAX(ないしはテレックス)しかなかった時代を考えれば、相当な生産性の改善に寄与しているはずだ。
私自身の反省も含め、私たち人間の多くは、まだスマートフォンを使いこなせていないような気がする。それは単に、自分の時間を奪われるというミクロの側面だけでなく、社会全体の生産性を向上する道具に、未だなっていないという、マクロの側面としても、言えるのではないだろうか。



