私が「マクロ経済学のモデルは変だ」と考えていたかなり大きな理由は、そうしたメカニズムが前面に出てこないことなのである(もっとも、マンデル=フレミング・モデルでは、為替レートが変動して外生的な変動が平準化されるが)。

 しかし、いまわかったことは、有効需要の落ち込みというメカニカルなメカニズムも、規模が大きければ、現実世界に重大な影響を与えるということだ。われわれがいま直面しているのは、マクロ経済モデルで分析できる事態である。

コンマ以下の
予測など無意味

 経済学者が持っているモデルは、きわめて「大まか」なものである。その大きな理由の1つは、モデル上の概念と実際の統計データが必ずしも正確に対応しないことである。たとえば、「純輸出」という概念が出てくるが、これは貿易統計における貿易黒字なのか、それとも財サービスの黒字なのか、それとも経常収支の黒字なのか。どれを取るかで、結果の数値はずいぶん違ったものになる。これは、自然科学の場合には存在しない問題だ。

 あるいは、「経済規模」というが、これは、GDPなのかGNPなのか? かつてはGNPを使っていたのをGDPに変えたのだが、日本企業の海外での経済活動が拡大したいまでも、GDPを考えていればよいのか?

 また、実質、名目のどちらを見るべきか? もともとの統計は名目だが、それを実質値に直すためのデフレーターとしては何が適切なのか。等々の問題が生じる。そして、これらへの答えは、必ずしも明確なものではない。

 したがって、1.2%の成長なのか1.5%の成長なのか、といった類の議論に、経済理論はほとんど貢献できない。理論を使って言えることは、「プラスなのか、それともマイナスなのか」という程度の話だ。だから、経済見通しなどの作業に経済学者が口を挟める余地は少ない。それは、現実の経済指標の動きを追っている実務家の領域の問題だ。

 経済見通しに限らず、現実の経済活動に対して経済学者が発言できる機会は、あまりなかったのである。仮に発言するにしても、経済学の知見を活用した発言ではなく、きわめて常識的な内容のことだった。

 しかし、経済変数のボラティリティがきわめて大きくなったいま、「来年度の成長率はマイナス1.2%なのか、それともマイナス1.5%なのか」と言った議論をしても、ほとんど意味がない。問題は、「マイナスで1桁なのか、それとも2桁なのか」といった類のことである。あるいは、「そもそもマイナス成長なのかどうなのか」といったことである。それは、「大まかな」経済モデルの領域の話だ。

 大きな変動だから、モデルが意味を持つ。世界は、そのようなタイプの問題にいま直面している。

野口悠紀雄の 使える!「経済データ」への道案内

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