想定外の出来事の連続だったが……
監督をはじめ日本人スタッフは8名で、総スタッフ数40名だった。メインキャストは10名(エキストラは計100名ほど)。日本人俳優は主演の井上雄太(東宝芸能)を含め2名、ほかはすべラオス人キャストが出演した。
主演の二人。左が日本人主演俳優の井上雄太(東宝芸能)(©サーイ・ナームライ製作事務局)スタッフ、キャスト含め一度交渉で確約した人材が抜けていくという事態が続いた。「家庭の事情」や「本業の多忙」などが主な理由だった。スケジュール管理が大らかすぎる。しかし、演技は思った以上に上手で、これには日本人監督も舌を巻いていた。
ロケの食費は1日1人当たり7万キープ(約1000円)と現地相場に合わせた。当然ラオス食が多くなる。ロケ地の村や近郊のホテルで作ってもらうも、地方都市ということもあり、今日はもち米と揚げた豚肉。明日はもち米と揚げた鶏肉、明後日は豚肉ラープ(サラダ)、その次は鶏肉ラープ、とレパートリーがない。食については日本人スタッフからのクレームが最期まで続いた。
今回の製作総予算は約3000万円。日本では低予算の類に入るが、ラオスで製作される映画としては過去最高額になるだろう。これまでは130万~500万円規模の作品がラオスでは製作されてきた。
ロケ予算を2000万円ほどに設定していたが、各方面からの見積もりが、日を追うごとに膨らんでいった。村と約束した金額が次の週に倍にあがる。聞かされていない経費が日々耳元に届く。「なんとかならんか?」「なりません」問答が続く。はじめはこの金額でOKと言ったけど、人から話を聞いて「もう少しもらえるんじゃないか」と思ってしまったのか。もともと映画作りの相場なんてものがラオスにはない。
毎日何かが起きていた。撮影は乾期でほとんど雨が降らない時期だったが、撮影初日の夜10時ナイター撮影の時、天から一滴二滴の雫が落ちてきた。残っているカットはあと少しというところでの撮影中止か!?という状況だったが、なんとか持ちこたえてくれた。機材の後片付けが終わった23時過ぎ、大雨になった。
そんな中で、スタッフは最終的に一つのチームになり、クランクアップを迎えることができた。日本で映画の歴史は100年というが、初めて映画を作りだした人たちの周りでもこんなことばかり起きていたのだろうか。
今回はナイトシーンも多かった(©サーイ・ナームライ製作事務局)
10日間お世話になったロケ地の村。エキストラ出演の村人、スタッフ一同で記念撮影(©サーイ・ナームライ製作事務局)


