大東文化大学 東京板橋キャンパス
大東文化大学 東京板橋キャンパス 出典:大東文化大学公式HP

プログラム修了で、総合選抜の課題論文に代替可能!

 大手予備校の講師から、大東文化大学法学部の課題探究プログラムは非常によく工夫されていると聞いた。対象は高校生。このプログラムで交付される修了証は、大東文化大学法律学科総合型選抜の課題論文の代わりとして利用できるという。そこで、この課題探究プログラムを実際に取材してみた。

 参加したのは「法律学科課題探究プログラム」。2024年8月22日、大東文化大学の東京板橋キャンパスで開催された。

 当日は雨がぱらつく中、高校生たちが大東文化大学の講義室に集まった。午前は対面授業で、滝原啓允准教授による、労働法の視点から就業規則についての講義がある。午後はグループに分かれてグループ討論を行う。

テーマとして提示された事例

 今回の探究プログラムでは次の事例を取り上げる。

「私立中学校Aの教務主任X(44歳)は、コンビニエンスストアでレギュラーサイズのブレンドコーヒー(100円)を注文したうえで、意図的にモカブレンド・レギュラーサイズ(180円)のボタンを押し、これを持って退店した。

 Xはこうした行為を半年の間に12回行っていたことが判明し、逮捕された。検察官はXを窃盗罪で刑事訴追し、地方裁判所はXに懲役1月、執行猶予2年の有罪判決を言い渡し、Xが控訴しなかったのでこの判決は確定した。

 同日、この有罪判決は主要新聞の社会面で5行程度、朝のニュース番組で1つほど報道された。

 私立中学校Aの懲戒委員会は、これらを踏まえたうえで、同校の就業規則に基づいてXを退職金なしの懲戒解雇処分とした。

 これを読んで、「たかだか数百円のことで、懲戒解雇はさすがに重すぎるのではないか」と感じる人もいるだろう。そこで、この処分は妥当なのか、そうではないのかについて、まず法律の基礎知識を講義で学び、それからグループワークで考察や議論を行う。その結論を1枚のポスターにまとめて、発表するのが今回のプログラムだ。

値段の高いモカブレンドコーヒーを持ち出すのは窃盗罪

 プログラムのステップ1は、事前の予習動画の視聴だ。大学で刑法を教えている山本紘之教授が予習動画を担当し、法的な考え方を参加者は学んでいく。

 紛争が起きた時に、法という普遍的なルールによって解決していく考え方を「法の支配」という。

 まず、今回の事例が刑法のどのような罪に当たるのかを説明する。刑法は犯罪と刑罰に関する法律である。犯罪には強盗や横領、詐欺、殺人などがあるが、今回の事例は窃盗罪に当たる。モカブレンドコーヒーは店主が占有しているものであり、それを隙をついて奪い取ったからである。

 この際、暴行や脅しなどの方法で奪い取る強盗や恐喝などとの違いも説明される。イラストも交えて、かみ砕いたわかりやすい説明だ。この講義を踏まえて、参加者は当日の課題探究プログラムに取り組む。

就業規則に基づいた処罰とはいえ重すぎるか

 一方、職場私立中学校Aは、労働基準法に基づいて就業規則が設けられ、それに違反すると懲戒が課される。懲戒は、戒告→譴責→減給→出勤停止→降格→諭旨解雇→懲戒解雇と重くなっていくと説明され、生徒たちはノートに書き写していく。みな講義に集中している様子が印象的だ。

 Xの勤務先の私立中学校では「他人の財物を窃取した者は、免職又は停職とする」と就業規則にあり、それに基づいてもっとも重い懲戒解雇となった。これが妥当か否かを議論することになる。

 講義が終わると午後のグループワーク「ポスターセッション」についての説明がされた。発表者が調査・研究の成果や取り組んでいることなどを1枚のポスターにまとめて書き、そのポスターの前で発表を行う。発表では、聞き手からの質問はなしとする形式だ。

 終了後にグループ分けでA班からG班までが結成され、初対面同士が挨拶。その後、昼休みに入ったが、お弁当を広げながら「たった数百円の窃盗で懲戒解雇は重すぎるよね」「教務主任として学校にも貢献してきたことも加味すべきだ」と議論を白熱させる参加者たちもいた。

グループワークとポスターセッション

 午後は「ポスターセッション」。模造紙を広げながら、まずは議論を行い、それをグループでまとめていく。参加者の間で講義の理解度に差がある様子も見え、意見がなかなかそろわない班もある。教授陣や現役の法学部の学生たちがその様子を見て回る。

 模造紙は2枚配られ、鉛筆で下書きをしたり、レイアウトを決めたりする作業をグループで行っていく。初対面同士での共同作業だが、参加者たちはきちんとコミュニケーションをとりながらワークを進めていく。そのスムーズさを見ていると、今時の高校生はこういったグループワークやプレゼン資料を作る授業を、日頃から経験していることが推測できる。

 ポスターができ上がると、それを壁に貼っていく。発表の役割分担もグループで話し合い、決めていく。

 A班から順番に発表。人前で話すのを得意とする参加者も目立つが、緊張した面持ちで一所懸命に発言をする参加者もいた。全部の班の発表が修了してから、シートが配られ、どの班のポスター発表が一番優秀だったかを投票し、また他の班への質問も記入される。

 最後に堀川信一教授が登壇し、投票の結果を発表する。優勝した班のメンバーには、記念品として大東文化大学オリジナルのピーターラビットのマグカップが贈られた。

法学は暗記科目ではなく考えるもので、答えはひとつではない

 堀川教授が全体の講評を行い、シートに書かれた質問も紹介する。

 7班中6班が処分は重すぎるとした。「違反を重ねるほどに、順を追って重い懲戒を課すべきなのに、最初の懲戒が退職金なしの解雇は重すぎる。妥当性に欠ける」という班もあれば、「退職金ありの諭旨解雇にすべきでは」と、どの懲戒が妥当かを具体的に示す班もいた。

 そんな中、C班だけは処分を妥当とし、その理由として「学校の就業規則があるうえで窃盗したため、処分の相当性は吊り合っている」「ニュースなどによる報道がされたため、学校の名誉を傷つけている」としているが、それに対して「名誉を傷つけたのならそれは名誉毀損になり、その行為に対して処分がされるべき。窃盗と名誉毀損は別なので、窃盗に対して懲戒解雇の処分がされるのは違うのでは」という鋭い指摘もあった。

 最後に堀川教授はこう話した。

「このプログラムで何をやったかというと、『コンビニで支払った金額より、高いコーヒーを持っていった件について話し合った』わけではありません。法学とは暗記科目ではなく考えるもので、そして、答えはひとつではないということをみなさんは学びました

 参加者たちはどう感じたのか。埼玉県の公立高校3年生の男子はこう話す。

「法律は明文化されているので、文章を読めばいいと思っていましたが、人によって解釈が違うことを知ることができて面白かったです。グループワークでは『処分が重すぎるよね』ということで最初から一致しましたが、『じゃあ、なぜそう考えるか』については意見が分かれました

 また、都立高校の3年生は「法学は法律を暗記するものではなく、考える作業であることが体験できて新鮮でした。今回のプログラムに参加して法学部法律学科に進学したいという気持ちが高まった」と語った。

「考える」学びが高校生たちの心をつかんだようだ。

 堀川教授は言う。

「昨年、法学部法律学科で始めた高校生向けの課題探究プログラムですが、今年からは6学科で行います。受験の前に大学での学びを体験することで、その学部・学科で何を学ぶかを知ってもらえます。去年のプログラムに参加して入学してきた学生たちは意欲が高く、1年生から論文を読むなど熱心に法学を学んでいます」

 今回のプログラムを見ていても、温度差はあるものの、参加者たちは法律に基づいて考える作業に前向きに取り組んでいた。まず、基礎的な知識を得たうえで、思考を展開していく。法律は暗記ではなく、ひとつの事例を考察するにせよ、正解はひとつではない。こうやって入学後の学びを体験できるワークショップだった。

大東文化大学の探究プログラムを取材して

 事前の予習授業は高校生にもわかるような、かみ砕いた刑法の説明だった。労働法の講義もそうだ。題材もコンビニで起きた総額数百円の窃盗事件と、高校生が興味を持ちやすいものを選んでいる。法学の入門編としては最適なプログラムといえよう。

 法学に興味がある高校生にとっては、進学や学部選択のための参考になる。また、大学入試が多様化する中で、大学によるこうした新しい取り組みは大学の認知度向上につながるだけでなく、優秀な学生の確保にもつながるのだろう。