人を選ぶことの難しさ

――現在の「高大接続」は、大学入試との接続だけに終始しています。前にも触れたように、その先の大学での学び、社会との接続までを考えることによって、点として存在しているものを何とか線にしようと試みてはいるものの、うまくいかない。

河添 企業への就職においても、企業は年齢など気にせずに採ればいいのに、いまだに年齢制限があったりします。学生も留年を気にする。みんな旧態依然としている。最近は大学の授業で、企業と一緒に行うものを設置するなどの取り組みはしていますが、人を育てるという観点からは、教育はもっと一気通貫でやらなければいけない。その視点で「高大接続」を考えないと、常に点ですね。こういう人材を育てるためにはどうしたら良いか、俯瞰する議論がなくては、接続は意味がないと思います。

――採用面接は「あなたの色に染まります」と宣言している場にすぎない。立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明前学長が就任した頃、「そのようなことを言う人の中から、イノベーティブな人材が育つわけがない」と言っていました。

河添 企業の新卒社員採用では、若い社員がリクルーターとして最初に候補者に接して、面接を重ねていきます。面接を重ねれば重ねるほど、“いい人”を採れるけれども平均化してしまう。

 しかし、部長でも社長でもいいから、多様性を重視して、少しは「外れ値」の人材を採るようにしないと、日本の企業はダメになります。

――その意味では、SFCのAO入試は「外れ値」がたくさんいました(笑)。

河添 その中から化ける人材が出てきます。基礎学力がないならないなりに工夫すればいい。SFCでも「あんなできないやつが起業するのか」という学生がいっぱいいました(笑)。そういう学生はマネジメントができるから人を集めてくる。生き抜くって、そういうことではないですか。

――早稲田大法科大学院の立ち上げのとき、当時の責任者から「混じってもいいから」と言われました。どういうことかというと、「どんなに一生懸命入試を設計しても、そんなに思うように人は判定できない」からです。そして、学力試験だけで合否を判定することはやめました。その結果、多様性が生まれて授業が活性化しました。さまざまな意見が授業中に飛び交います。そのことで広く社会や人の考えを理解できるのです。

河添 判定というのは難しい問題です。国公立大の場合は不公平であってはいけないということで、受験生を学力などできちんと順位づけします。その点、SFCのAO入試は詳しくは言えませんが、すべてを一列に並べる順位づけはありませんでした。来てほしい人は採る、です。

――SFCもオックスフォードやケンブリッジの面接もまさにそうですが、今まで持っていた知識や概念を総動員して、その場で何とかするような力がとても重要です。文部科学省も最近そのことに気付いてきていると思います。瞬間風速のような知識だけを求めるのではなく、いかに未知の課題に対応できるか、そのための素養が備わっているか。それを判定するのが世界標準の大学入試です。