子どもたちの体力低下、何が原因か

中井:コロナ禍が長期化している影響で、子どもたちが自由に身体を動かして遊べない状況が続いていますが、こうした環境によって子どもたちの運動量は減少し、ストレスが増加しているという懸念が高まっています。中村先生は現状をどのように見ておられるでしょうか。

中村:文部科学省(現在はスポーツ庁)は、東京オリンピックが開催された1964年より47都道府県の6~19歳の男女を対象に「体力・運動能力調査」を継続的に実施していますが、それによると、1980年代半ばから子どもたちの体力が落ちてきています。

1970年代の半ばに塾に行く子が多くなったり、遊ぶ場所が減ってきたりするなどの子どもの成育環境の変化があったことが原因です。

体力・運動調査は、10年くらいかけて徐々に変化が現れるものなので、現在懸念されている子どもたちの体力低下がコロナの影響であると明確には言えません。しかし、さまざまな制約があれば、その影響で体力が低下すると言っていいでしょう。子どもの体力は、将来的に何か問題が起きるであろう、あるいは、徐々に起きているのではないかという状況です。

中井:子どもは外でのびのびと遊ぶのが理想ですが、今のコロナ禍の状況では、やむを得ず室内で工夫を凝らして遊ぶ場所を提供することも考えなければいけません。そのためには固定観念を外して、新しい遊びを作ることも必要です。私たちは子どもの三輪車や自転車をつくるのりものメーカーですが、三輪車や自転車といったのりものは屋外で使うもの、という固定概念を外して屋内でのりもの遊びができるようにするためにはどうすればいいかを考えるようになりました。

一昔前は、三輪車は外で使用することを前提に、足のせステップ、落下防止のホールド、三輪車を押すための押し棒などがセットになっていました。ベビーカーのように年齢に応じて、徐々に押し棒などのパーツを外し、最終的には、全てのパーツを外して、子ども自らがペダルを漕げるようにする、というのがこれまでの使われ方だったのです。

今は、家の中で三輪車を使って遊び、それからお出かけをするというパターンが増えています。お出かけをするときには押し棒が欲しいですが、家の中では危ないから押し棒は必要なくなりました。ここ最近、これまでと使い方がガラッと変わったんです。

「運動組合せ」で遊びの面白さを引き出す

中村:コロナがなくても、もともと子どもの遊ぶ環境は危機的状況にあったわけです。ですから、大人はこれまでの固定概念をなくし、子どもたちの心と身体の成育環境を整えるための工夫が必要になると思います。

ただし、ただ運動させればいいわけではありません。子どもたちが自ら運動するようになることが工夫のポイントです。身体を動かすことに対してのめりこみ、またやってみたいと子どもたちが思えるようになる──気持ち良い、面白いと感じるようになるには、いくつかの要素があります。のりものは、その1つですね。自分とは違うスピードで、乗っていけばスピードがつく、普通では自分では行けないような場所に行ける、そういった面白さがあるのです。

山梨大学理事・副学長で、身体教育学の専門家である中村和彦氏

中井:アイデスの三輪車を、6歳になっても乗って楽しむ子どももいます。6歳ともなると運動感覚が身についていますから、器用にさっと足を浮かせて、スピードをつけて進む遊びを楽しめる。子どもの心のなかで、何か制約から解放されている感覚があるのでしょうね。

中村:子どもは、大人ではちょっと考えられないような遊び方を思いつく能力があります。子どもが自ら考えて、面白いという感覚をもって身体を動かせば、またやってみたいと思うようになるのです。

子どもの身体づくりには、「運動組合せ」という考え方があります。私たちの日常の中の動作を見てみると、単発の動作はあまりありません。2つ以上の動作を何らかのかたちで同時に行うのです。たとえば、雨が降って傘をさすときは、「傘を持つ」という動きと「歩く」という動きを同時にやっている。あるいは、ある動作に続いて他の動作をする。走り幅跳びは、走ったあとに跳びますよね。普段の生活の中にも、そうした運動組合せは数多くあります。のりものは、そうした運動組合せをする上でさまざまな応用ができると思います。

中井:静岡市で実施している自転車教室では、単に自転車の乗り方を教わるだけでは面白くないので、さまざまな障害物を作って自転車を乗りこなす工夫をしています。くねくねとした道を作って、そこにはおもちゃのワニがいて、「そこを通らないとワニに食べられる」という状況をつくる。そうすると、子どもたちはいろんな策をめぐらして自転車で乗り切ろうとするんです。それも、乗りながら何かをするという意味で「運動組合せ」になると思います。単調な動きだけを繰り返すのではなくて、複数の動きを組み合わせていく「運動組合せ」の冥利(みょうり)はのりものを乗ることにもあると言えます。

中村:「運動組合せ」が体育という教科で出てくるのは小学校3年生からです。小学校1、2年生では水遊び、器械・器具を使った運動遊びといった「遊び」ですが、3年生以上になると動きの多様化、洗練化がはかられ、単調な動きだけではなく、運動が組み合わせになる。そうした組み合わせからスポーツのスキルを身に着けていくことになります。

たとえば、バレーボールのアタックは、非常に高度な運動の組み合わせで、しかも普段やらないような動きなのです。走って、両足でジャンプし、トスで上がったボールに併せて片手でアタックし、着地する。そんな動きは日常生活ではやりませんよね。でもバレーボールというスポーツでは、こうした非常に難しい4つの基本的な動きを当たり前のようにやるのです。

スポーツの中には、そういう運動組合せが多くあって、それがうまくできた時に私たちは「すごいスキルを持っている」と言っているわけです。

1つの面白い動きを追求していくと、運動を組み合わせて別の面白さを見出すということですね。特にのりもの遊びには、何かをしながら他の何かをするという組み合わせのバリエーションが数多くあると思います。

幼少期ならではの特性「相互補完性」

中井:遊びのなかにそうした「運動組合せ」を取り入れることは、子どもの能力向上にどのような効果をもたらすのでしょうか。

中村:運動を組み合わせると、人間のさまざまな能力を調整して表出していくことが生まれます。幼少期には、「相互補完性」という身体と頭と心がお互いに補完する効果があります。身体能力も認知能力も、そして情緒的な能力も、何かをやることでお互いの能力に関わりを持ちながら育っていくのが幼少期なのです。大人になるに従って、だんだんと切り離されていくんですよ。

中井:幼少期に脳が発達する時に、必要なシナプス(神経回路)が選別され、不要なシナプスは除去される「刈り込み」が起こるのですが、それと同じような過程ですね。

中村:残念ながら、今の日本の状況を見てみると、大人が「塾に行きなさい」「スポーツをやりなさい」などと、頭と身体の発達を切り離しているから、子どもにとっては相互補完性を活かせない非常に不都合な状況に置かれているのです。本来遊びの中には、コーディネーションがあって、さまざまな能力がお互いに関り合う要素があります。相互補完の「補」は、「お互いに補う」という意味です。ところが、「完」は「完了」を意味するのではありません。人間に完成はありませんからね。では何が「完」なのかというと、「完態」、つまり望ましい人間像という哲学用語を意味するのです。さまざまな能力を関わり合いながら、望ましい人間像に向かって育っていく姿が「相互補完性」という特性です。この特性が、幼少期に一番育っていく。もちろん大人にも景色を見て「きれいだな」と思うような相互補完性はあるのですが、トレーニング、勉強といったように、それぞれを切り離していくのです。

中井:幼少期の運動遊びには、相互補完性という幼少期ならではの特性を活かせるメリットがあるんですね。その代わり、大人になると動きの多様性が生まれて、動きが洗練され、運動組合せが可能になると。

中村:もちろん、大人になっても身体を使って遊ぶことは必要だと思っていますが、子どものようにそれをするのは難しい。相互補完的な能力の中には、情緒・社会性の中で「真似をする」というものがありますが、子どもは真似をするのが得意で恥ずかしくない。でも、大人は「真似をしたくない」という思いも出てきます。そういう意味では、9歳ごろまでに運動遊びを通じていろんなことを経験した方が良いでしょう。

中井:英ロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットン教授とアンドリュー・スコット教授の『LIFE SHIFT』にも書かれているように、人生100年時代になった今、これまでは勉強して、働いて、引退するという3つのステージだったのが、働いているときに再び学び、違う働きをして、引退するというマルチステージへとシフトしつつあります。そこで、新しいことにチャレンジできるためには脳を柔軟にしておくことが必要ではないかと思うのです。柔らかい脳をつくるには、運動が最適だと思うのですが、子どもの頃にやっていなかった運動を大人になっていきなりやりなさいと言われてもすぐにはできないですし、無理やりやっても長続きしない。だから、幼少期に遊びを通して習慣化させることが大切だと感じています。

アイデス株式会社 中井範光氏

ですので、私たちは子どもの頃から運動遊びに積極的に触れられる環境を作るために、低年齢の子のための運動遊びを開発しています。できるだけ早い段階から運動遊びの「空間」「時間」「仲間」を提供し、その中で「運動遊びって面白いな」という感覚を身に着けてもらうのです。

中村:子どもが、楽しいな、面白いなと思うようになるためには、親も楽しんでいる子どもの姿を見て嬉しく思い、一緒に楽しむという感覚を持つ機会を増やすことですよね。お金を出して勝手に遊ばせるのではなく、親も運動遊びに関わることで、子どもと遊ぶことはこんなに素晴らしいんことなんだ、本来の子育てとはこういうものなのだと実感してもらうことが極めて大事なことだと考えます。

中井:私たちの調査によると、親が一番うれしく感じる時は、子どもが「できた」と感じ取った瞬間だといいます。だから遊びを外部に任せてしまうと、そうした子どもの変化、成長に気付けない。子どもが自分の変化を一番感じるのは、「できた」という瞬間だと思うのです。

中村:実際には、親が忙しくて子どもの面倒が見れなかったり、自分が働かないと生活できないからという経済的事情も絡んだりして、子どもの遊びに寄り添えないこともあると思います。しかし、本来、親が子どもの面倒を見て一緒に過ごし行動する、できたら一緒に遊ぶということそのものが子育ての原点ですし、それで子どもも親のことをわかって成長していくものです。少なくとも1日のうち30分でも1時間でも親子で面白がって遊ぶ時間を過ごすだけでも変わってきます。そのためには単に家の中で、テレビゲームなどで遊ばせるだけではなく、知恵を使って、遊具やのりものを使って遊びを生み出していくのも1つの手段なのです。

中井:アイデスが掲げているミッションもまさに「毎日の運動遊びで幼少期の成長・発達をサポートする」ことです。毎日といっても時間は限られています。しかし、限られた時間の中でも遊べる環境づくりをどう整えていくか、それが私たちの中での大きな使命になっています。

特集:INNOVATIVE PLAY for CHILDREN イノベーティブな「遊び」が、子供の成長を促す

撮影:小田駿一