脳の構造は「2階建ての家」
中井 先生のご著書や研究では、「早寝、早起き、朝ごはん」という生活習慣や運動習慣によって子どもの脳は鍛えられると提唱されています。そういった習慣を身に着けるために、親の立場でできることは何でしょうか。
成田 子どもの頃から生活リズムをつけたり、運動したりすることを習慣づければ、脳は勝手に育ちます。これは小児科医であれば誰もが知っている、ごく当たり前の理論です。
生活リズムをつけるためには、太陽のリズムに従って人間が生活をしていることを子どもの脳に教え込むことから始まります。朝、太陽が昇ったら「朝だよ」と言ってカーテンを開け、習慣的に目に光を入れる。早起きして朝日を浴びれば、神経伝達物質のセロトニンが分泌され、心身が安定し、幸福感が高まると言われています。そして外が暗くなってきたら、目に光が入らなくなるような刺激を脳に与える。夜になってもずっと電気をつけておいたり、子どもの目にテレビやスマートフォンの光を入れてしまったりすると、脳は「今、夜なのにまだ明るいの?」と、混乱してしまいます。徹底して朝と夜のリズムをひたすら繰り返し、脳に刺激を与えるのです。
そこに連動して、朝ご飯を食べる、日が昇っている間に身体を動かす習慣を身に着ける。そうすれば肉体や脳が疲労して、暗くなったらもう眠くなる、という「早寝、早起き、朝ごはん」の生活リズムが自然にでき上がります。5歳くらいまでの間に、これを繰り返していただきたい。
脳は家でたとえると、2階建て構造になっています。1階は寝る、起きる、そして食べることと身体をうまく動かすことをつかさどる「からだの脳」です。「からだの脳」は大脳辺縁系、視床、視床下部、中脳、橋、延髄などにあたります。最初にきちんと育てられるべき脳はこの1階部分なのです。そして2階部分は言語や微細運動、そして思考をつかさどる「お利口さんの脳」で、こちらは主に大脳新皮質を指します。1階部分の「からだの脳」を1歳頃まで、そして2階部分の「お利口さんの脳」を5歳くらいまでに作り上げるのが理想的ですね。
自律神経を整えることの重要性
中井 生活リズムが乱れてしまうと、自律神経のバランスが崩れることはよく知られていますが、子どものうちから自律神経を整えることは、子どもの成長や発達にどれほど重要なものなのでしょうか。
成田 自律神経の芯の部分にあたるのは、「からだの脳」にある視床下部です。視床下部は食欲や睡眠の中枢がある重要なパーツで、生きるために必要な装置が集中している「基地」のようなものです。まずは子どもの頃に視床下部を作り上げ、きちんと働くようにすることが大切です。「早寝、早起き、朝ごはん」を習慣化させれば、視床下部を作り、自律神経を整えることが可能になります。
授業中に倒れたり、朝起きられなくて学校に行けなくなったりする自律神経失調症の子どもは、小学生で5パーセント、中学生で10パーセントほどいると言われています。子どもが自律神経失調症になる確率を減らすためには、5歳くらいまでの間に自律神経に刺激を与え、鍛えることが大切です。
身体を動かして外遊びをすれば、自然と自律神経を鍛えられます。寝る、起きる、ちゃんとご飯を食べる、プラス運動をするといった習慣が大事なのです。今の親御さんたちは、子どもたちを快適な環境に置きすぎてしまっているのではと感じます。
中井 我々アイデスの商品は、自転車や三輪車なので、ケガをするリスクはゼロではありません。しかし、ケガをするかもしれないリスクを背負ってでも、子どもがのりものを乗りこなすチャレンジをすることが、実は非常に大切ではないかと考えています。倒れないように、ケガをしないように子ども自身が自ら考えて一生懸命バランスを取りながら、のりものを操作して移動する。私はそこに大切なものが含まれているのではないかと思っているんです。
成田 その通りですね。身体のバランスを取れるような反射的な動きをつかさどるのは脊髄反射なので、そこを鍛えなければのりものを乗りこなすことはできません。昔の子どもたちは、運動会の練習をしていて走って転ぶと、膝や肘をケガしていたのですが、今は顔面から倒れてしまって大ケガをする子どもが多くなっています。転ぶ体験が少ないから、受け身が取れないのです。これも「からだの脳」の機能が不十分だから起きてしまうことです。
アイデスの商品カタログを見ていると、親御さんが子どもと一緒にのりもので楽しんでいる写真が多いですよね。こういう親子の関わりが大切です。絵本の読み聞かせをするときも、親御さんは文字や言葉を早く覚えさせようとするから、実際に読み聞かせをしているのを見ると、横に座って子どもに触れもせずに読んでいるだけ。せめて子どもを膝の上に置いて、同じ目線で見てほしいのです。
こうした大事な子育てのプロセスを飛ばして、いわゆる「学習」的な要素を入れようとしても、子どもの脳には入りません。効果が出ない、と親御さんが焦ったり子どもに怒ったりするのもよくありません。これは、運動に関しても同じことが言えます。幼少期に子どもが自発的に手足を動かし、自分の意志で身体を動かす。三輪車や自転車を使って、自分の意志で手足を動かしていると、自然と前頭葉が活性化しています。脳科学の理論で言えば、小学校低学年の頃までに生活や運動のパターンができれば、前頭葉が育って自分で判断できるようになります。
「脳を鍛える」のは、「脳トレ」とは異なる
中井 私たちも地方自治体と共同で、保育園の子どもたちを対象に三輪車が子どもの発達にどのような影響を与えるのか研究したことがあります。その研究を通じて識者や保育士の方たちから、「最近は危険な転び方をする子が多い」という話をたびたび聞きました。階段の上り下りをせずにエレベーターを使ったり、公園で遊ぶ機会も場所も少なくなったりした結果、子どもは転び方がわからなくなるというのです。
成田 小児科医として気になるのは、子どもにハイハイをさせず、6か月くらいから歩行器で歩かせるパターンです。子どもを発達させるには、ハイハイで動物と同じような動きをさせる過程を入れないといけません。脊髄やセロトニンといった神経系の発達に関係するので、ハイハイの過程を飛ばすのは姿勢の確立に問題がある。順序立てて焦らずにゆっくりと発達させることが大切です。
中井 目線を強制的に高くすると、受け身が取れないままになってしまうのでしょうか。
成田 そうですね。四肢を動かすための脳の訓練がきちんとできていないので、非常に危ういのです。
中井 最近の親御さんは、子どもが歩けるようになったらいきなり自転車に乗せてしまうことも多いのですが、そうすると、子どもは対処できずに、顔面から転んでしまうことがあるようです。
成田 私が言う「脳を鍛える」というのも誤解されがちです。言語を介した鍛え方、つまり脳トレみたいなものをイメージされる方が多いのですが、本当は、脳に視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚という五感から入ってくる刺激を与えることが重要です。
親が赤ちゃんを抱っこする、語りかける、外に行って草花に触らせるというように、五感に対してさまざまな刺激を多種多様に入れる。そうすると、子どもの脳の中でまだつながっていない神経が、シナプス(神経の接合部)が作られてつながっていくのです。
中井 アイデスののりものも「1歳から乗れる」とうたってはいるものの、1歳でできることは、またぐぐらいまで。どうしてもバランスは崩してしまいます。ですから親が支えてあげるなど、親子間のコミュニケーションが欠かせません。親が子どもにとって初めての「仲間」になり、遊びを通して脳に刺激を与えるだけでなく、そこでのコミュニケーションが子どもの社会性を育みます。さらに身体遊びを通して脳を柔らかくし、いわゆる脳の可塑性(脳の神経細胞群が新たなネットワークを築き、生まれ変わること)につながる。こうしたアイデスの商品の特性は、今まで以上に打ち出していきたいと思っています。
成田 子どもの頃からスポーツで投げたり蹴ったりする身体の動かし方を教え込んだら、大脳皮質、特に自分の意志で脳の運動野を鍛えることにつながります。それはそれで子どもの脳の働きを活性化していくのですが、幼児期には、運動野だけを鍛えるのではなく、脳全体に刺激を与えて鍛え、まだ神経がつながっていない部分をシナプスでつなげていくことが重要です。中には無駄なつながりもできますが、脳には発達していく中で、後に無駄なつながりを切ってしまう「刈り込み」という機能もあります。
脳をランダムに活性化させるためには、ある特定の動きをするより、いろんな動きをたくさん取り入れていく方が脳科学の理論的には正しいと言えます。これは、日本体育大学の名誉教授で体育学者の正木健雄先生が、昭和30年代ごろからおっしゃっていた理論なのです。正木先生はその時代から、子どもたちの外遊びが減ってきたことを懸念していましたが、現在は先生の理論を裏付ける研究データが数多く出てきています。
先生は1978年からほぼ5年ごとに、「子どものからだのおかしさ」を実態調査する「子どものからだの調査」を行ってきました。その調査では、日中の外遊びを通して身体活動をすることで「からだのおかしさ」を克服すべきだと提言しています。
身体を動かすことが、脳を作り上げていく上で大切
中井 私は子どもの頃、あまり勉強ができなかったのですが、その代わりに目いっぱい校庭や公園で外遊びをしていました。今になって、ようやく経営やのりものの商品開発に必要な運動科学、脳科学の勉強をしているのですが、それらがすらすらと頭に入ってきます。きっと、子どもの頃の早起きや外遊びの習慣がベースにあったのだろうなと思っています。これは一生涯の宝物なのでしょうね。
成田 小学校低学年くらいまでは早寝、早起き、そしてきちんと食事をして余った時間で、どうにか勉強の時間を作っていただく。ゲームをする時間を取り上げろとまでは言いませんが、こうした生活をベースにして学校に行けば、子どもが持てる平日の自由時間は1時間半ぐらいしかありません。
その1時間半を何に割り振っていくかと考える時に、本当にゲームに1時間半を割いていいのか。30分は勉強、30分は親子で身体を動かす遊びをする。残りの30分は手先を使う遊びやボードゲームなどを家族でやる。親御さんには、限られた自由時間をどう割り振っていけば子どもの脳が効率よく鍛えられるのか、考えていただきたいですね。
小学校高学年以降になると、「ゲームはしたいけれども、寝ることは大事だから、この時間まではゲームをして、あとはお風呂に入って寝よう」といった生活パターンを子ども自身が考えて選択できるようになります。現代の子どもからゲームを完全に排除することは難しいですし、スマートフォンもなくなることはないので、子どもがそれらと上手に付き合う習慣が作れるかどうかが大切ですね。
子どもの「乗り越える力」を育てるために
中井 子どもにとって三輪車や自転車は、乗れるようになること自体が成長のハードルになります。我々が商品を開発するときには、そのハードルを少しずつ乗り越えられるような工夫を盛り込み、成功体験を得られるようにしています。子どもが自分でチャレンジして乗り越えていく力をつけていくために、必要なことは何でしょうか。
成田 ピンチを乗り越える力、立ち直る力を持つことを「レジリエンス」と呼びます。レジリエンスを身につけるために必要な要素は主に3つあります。それは、「自己肯定感」「社会性」「ソーシャルサポート」です。「自己肯定感」は、自分に自信が持てる、自分を好きになれるという感覚を持つことですが、ここに、いかに他者との関係を保てるかという社会性や、周りの人に助けられているということを実感できるソーシャルサポートの力が備わって、初めてレジリエンスが身につくのです。
子どもにとって他者、特に大人に関わることは、人間を信頼する気持ちを育てるのに大事なことです。10歳ごろまでに家族以外の大人とどれだけ多く接することができるか。それによって、社会性やソーシャルサポートの力がついてくると思います。「かわいい子には旅をさせろ」と昔から言いますが、できるだけ親が手を放してどんどん遠いところに行かせるべきでしょう。なかなか難しいかもしれませんが。
中井 たしかに思い当たることがあります。私たちは自転車の体験会を実施しているのですが、そこでは私たちのスタッフがサポートするんです。子どもは親以外の大人に接することで、親が教えるよりも真剣に取り組む。そうすると、早く乗れるようになるのです。
成田 子育てはやり直しがきかないので、脳科学の観点で言うと、こうした知識を親御さんに知ってもらい、子どもの脳を鍛えておかないといけません。先ほど、脳を家に例えましたが、脳の1階部分をレンガづくりにして頑丈で大きいものにしておかないと、2階部分をいくら大きくしても土台が崩れてしまいます。今、子どもができていることは何か。生活習慣や運動習慣、そして乗り越える力が身についているのか。こうした観点で親御さんが子どもを観察していくことが重要です。「ここまでできているなら、もう大丈夫だな」と納得できるようになってから、高度な学習に移行していくというプロセスを大切にしてもらいたいと思います。
成田奈緒子(なりた・なおこ)
文教大学教育学部特別支援教育専修 教授 日本小児科学会認定小児科専門医・発達脳科学者 子育て科学アクシス 代表
小児科の医師、子供の脳の発達について研究をする研究者。臨床の専門は、小児、思春期の心の問題と、発達障害など。2014年からは医学・心理・教育・福祉を包括した専門家集団による新たな親子支援事業「子育て科学アクシス」を開設、代表に就任。文部科学省・各地の教育委員会などで子どもの生活習慣を科学的に考える育児教育への提言・リーフレット作成等の社会活動も行っている。著書に『5歳までに決まる脳の鍛え方育て方』(すばる舎)『子どもにいいこと大全』(主婦の友社)『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(講談社、山中伸弥氏との共著)など多数。
中井範光(なかい・のりみつ)
アイデス株式会社 代表取締役社長
幼児用乗り物トップメーカー四代目。近江日野商人の末裔。「創業90年のベンチャー企業」と自社を位置づけ、「毎日の運動遊びを提供し、幼少期の成長に貢献します」というミッションの下、幼少期の運動習慣が人生の糧になるということを自らの経験を通し確信。自身の事業を通して、様々なチャレンジをし、その啓蒙に努めている。
特集:INNOVATIVE PLAY for CHILDREN イノベーティブな「遊び」が、子供の成長を促す
撮影:小田駿一