子どもの遊びで、大人たちが白熱する
長時間の会議はろくなものじゃない。議論はとっ散らかるし、何をゴールにしているのかよくわからないこともある。「次回に持ち越し」という結論になったら、それまでの議論は何だったんだ、ということになる。そのため今度は、いかに時間をかけずに会議をするかに腐心する会社が増える。実際に取材で会議に同席すると、アジェンダに沿って粛々と行われるものばかりで、期待はずれのケースは多い。
しかし、この会社は違った。東京・浅草にある子ども向け老舗乗り物メーカー、アイデスだ。
アイデスはキャラクター自転車でヒットを飛ばしたのち、前輪が2つある三輪車や、ペダルの取り外しができる自転車など、イノベーティブな乗り物を世に送り出してきた。そうしたイノベーションを生み出す源泉が、半日かけて行われる企画会議だという。今回、特別に許可をもらい会議を取材した(絶対社外秘のため、会議の写真はイラスト風に加工した)。
その会議では、一瞬の居眠りも許されぬ、息もつかせぬ議論が展開されていた。なぜ、子どもの遊びでこれほどまで大人たちが白熱するのだろうか。
社長自ら議論を仕掛ける
隅田川のほとり、歴史ある玩具メーカーが立ち並ぶ駒形の一角に、90年の歴史を持つアイデスの本社がある。その5階で月に1回、社長以下、商品開発や経営企画など各部門のトップが集まって企画会議が行われる。
社長の御前会議といえば、新企画のプレゼンをして、売上の見込みを立てて、商品開発を進めるかどうかのジャッジが下される流れだから、せいぜい1〜2時間だろう。ときにはひっくり返ることもあるだろうが、だいたいが結論ありきの「シャンシャン」で終わるものだ。
しかし、アイデスの会議は違った。社長の中井範光氏が自ら議論を白熱させる仕掛け人になるのだ。
この日は、「全社基本戦略フレーム」と呼ばれる全事業部の最上位戦略が書かれた戦略シートの再検証が行われた。
中井氏は、コーポレートスローガン「幼少期における運動習慣は人生の糧である」をアップデートしたいと切り出した。
「親の子に対する愛情がある限り、我々のビジネスはなくならない。親の愛とは、子どもにとって必要な時に必要なことをしてあげることだ。遊びという言葉には、どことなく必要ないものというイメージがあるが、幼少期のできるだけ早い時期に必要な運動遊びを提供するメリットを伝えたい。子どもの身体や脳の発育に密接な関係があることが、さまざまな研究結果として発表されているのでその点をアピールし、遊びは必要ないというイメージを払拭したい」
中井社長は、親が子どもにアイデスの乗り物を与えることは、子どもの将来に役立つ「必要なこと」であることをさらに訴求したい、と考えている。
そこで、顧問の幾中氏が反応した。幾中氏は、ロジックよりも自らの感性を商品に注ぎ込む、職人肌のアイデアマンだ。社長を前にしても遠慮なく持論を展開する。
幾中氏は中井社長に、「親が子どもの成長を自分ごとにすることが大切」と付け加えた。
「運動から学べるのはチャレンジスピリット。勉強やゲームはすぐにできてしまうこともあるが、身体を動かすことは、試行錯誤しなければ絶対にできるようにならない。駄目でも子どもはまた挑戦する、親はそういう子どもを愛してあげる。そういう訴え方がアイデスらしいのではないか」
試行錯誤しながら、工夫する、知恵を絞るといった「非認知能力」を鍛え、学ぶことができるのがアイデスの乗り物である、という打ち出しだ。
非認知能力が後天的に鍛えられるものであることは、ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン教授が1960年代に行った「ペリープログラム」でも実証されていると、インファント事業部の企画開発責任者、成村氏が説明する。
「ペリープログラム」は、低所得層で学校に通えない家庭にいる就学前の子どもに対して特別な教育プログラムを提供し、彼らの将来の学歴や年収などにどのような影響を及ぼすかを長期的に調査したものだ。
このプログラムは当初、子どものIQ(知能指数)を向上させる目的で行われたが、結果は、結局、忍耐力や好奇心、自発性といった非認知能力を向上させることが大切であるという結論にたどり着いた。
社員の意見を取り入れながら、自分が納得した要素を取捨選択し商品開発に落とし込む力に長けている成村氏の視点で、コーポレートスローガンの方向性が定まっていく。
結論として、アイデスの乗り物を使った運動遊びは、
① 子どもの非認知能力を向上させえるのに効果的であるという科学的なエビデンスがあること
② 幼少期の運動遊びに投資することが子どもの将来に還元されるというお得感を得られること
この2つがメッセージづくりの上で大切だということになった。
会社のビジョンが、社長の一存ではなく社員の意向も踏まえ、かつ1時間の議論で決着をみるというスピード感に驚かされた。
百出する議論、一致する意見
そしてこの日の中心議題である、新商品の企画へと話が移った。
企画提案者であるインファント事業部の大沼氏は、この会議でなんとしても企画を進めたいという意欲に満ち溢れていた。大沼氏は、新商品のコンセプトをこう言い表した。
「この新商品は、一つの遊具でさまざまな遊びが楽しめる『遊びのフルコース』を提供するものです」
子どもが新商品の遊具を使って夢中になって遊ぶ要素は何か。商品を購入してもらうにあたっての「うれしいポイント」を探るための議論が交わされる。
経営企画本部長の土村氏によると、利用者モニターによる検証で、そこで、子どもが与えられた遊具の中から様々な遊びを見つけ出して繰り返し遊ぶことによって遊具の使用時間、つまり運動する時間が長時間になったという。よって、子どもが「夢中に遊ぶ」→「よく眠る」→「健やかに成長する」というサイクル(ここでは「元気サイクル」と名付けていた)を回すことが、購買者の「うれしいポイント」につながるのではないかと主張した。徹底してロジックを重視する土村氏らしい視点だ。
それに対し、キッズ事業部の能代氏が異なる視点を提示した。能代氏はとにかく乗り物が好きで、アイデスのハイセンスなデザインづくりを支える。子どもの遊びやおもちゃを知り尽くした、遊びの達人はこう切り込んだ。
「この商品の場合、『検証の結果、この遊びは素晴らしい』と言っても伝わりにくい」動画などを用いて、新商品の最大の特徴を使って子どもが遊んでいる姿を見せればユーザーは共感し、商品の勝ち筋が見える」と、能代氏は提案した。
さらに、自転車のエキスパートである全事業部総統括の田中氏が畳み掛ける。顧客に対してアイデスの商品が提供できるものは、「子どもの成長を可視化し、実感できること」ではないかと。
「アイデスの商品は、買ってからすぐに使いこなせるというものではないし、うまくバランスを取らないと遊べない。でも、遊んでいるうちに使いこなせるようになる。買ったらすぐにお手軽に遊べる商品との違いを出すことが大切ではないか」
ちょっと難しい遊びを少しずつクリアすることで、子どもは非認知能力を身につけ、成長につなげる。こうした成長と子どもの「できた!」を視覚化することが、他社の商品との差別化につながるという意見で一致した。
中井社長も購入する親の立場を代弁する。「親として困るのは、買っても子どもが飽きて遊んでくれないこと。だから子どもが夢中になって繰り返し遊ぶことが肝だ」
「アイデスの商品は、運動遊びに完全にフォーカスしているのが特徴であり、子どもがチャレンジする要素や、子どもが『できた!』という達成感を感じる数で勝負することが大切だ」と語る。
会議がカオスに陥っても収束する不思議
アイデスの商品は、おもちゃや仕掛けで楽しませる小手先の「ギミック」をつけた娯楽的な遊びだけでなく、身体を動かすプリミティブ(原始的)な運動遊びにフォーカスしているのが特徴だ。
ギミックはあくまで子どもが興味関心を持つためのトリガー(きっかけ)であり、取ってつけたようなものではなく、商品全体のコンセプトに溶け込むもので、かつ全体を面白くするものでなければいけない。だからギミックの付け方一つで、商品のあり方そのものが変わってしまう。
ここで会議は突然、カオス状態に陥った。どの部分にギミックをつけるかで、議事進行そっちのけで社員が各所で勝手に議論を始めたのだ。席を離れ、それぞれが自分の意見をぶつけ合う。激しい口論といったものではないのだが、とにかく熱い。そして同時多発的なので何が議論されているのかは傍目では分からない。
中井社長は、「こういう白熱した場面はうちの会社ではしょっちゅうあることで、私はいつもじっと見守っています。子どもの遊び方をめぐって、大の大人たちが熱く語り合うのは、傍から見ると異質に見えるかもしれませんが、これがアイデスのスタイルなんです」とわれわれに説明してくれた。
これで議論はまとまるのだろうか。若干不安になりながら、事の成り行きを見守った。
10分ほど侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が行われたあと、中井社長は、ギミックを動機づけとして繰り返し身体を動かすことで子どもの能力が発達するという、エビデンス(科学的根拠)を商品とともに提示することを提案した。
そのエビデンスの一例として、東京大学大学院名誉教授で、運動学習を専門とする大築立志氏による子どもの運動能力と脳の発達に関する研究を紹介した。
大築氏によると、子どもは運動を繰り返すことによって運動の方法や、運動によってもたらされる結果が脳に記憶され、運動能力が発達するという。
「商品のギミックを動機として繰り返し運動をした結果、どういうことができて、どういう結果になるか、身体を使った遊びが脳に記憶されることで、運動が洗練化され、子どもの成長・発達につながるという点をアピールしたい」
この中井社長の提案に会議のメンバーも同意し、企画は進められることとなった。先ほどまでの白熱した状況がまるでなかったかのように、きれいに意思統一されたことに改めて驚かされた。
生産性の高い長時間の会議が、ここにあった
この会議からは、経営方針や企画開発におけるアイデスのユニークさが浮かび上がってくる。
・会社のミッションはトップダウンで提示するものではなく、社員の意思を組み上げながらボトムアップで作り上げていく
・ユーザーである子どもを「子ども扱い」しない。子どもの視点に立って、大人が真剣に「身体を動かすことの楽しさ」を追求している
・子どもの成長・発達に寄与するために、徹底してエビデンスに基づいた商品開発を重視する
社員の考えを十二分に引き出し、自由に議論させながら、会社のミッションに沿った商品を開発する。一見混沌としているように見えた白熱会議には、イノベーティブなアイデアを生み出すためのヒントがあった。
中身の濃い、生産性の高い長時間の会議なんてあるはずがない。そんな思い込みが覆された。アイデスの会議は、まさにイノベーション創発の舞台そのものだった。
特集:INNOVATIVE PLAY for CHILDREN イノベーティブな「遊び」が、子供の成長を促す
撮影:小田駿一