チームワークは必ずしも必要ない

――スポーツは、人間関係にどのような影響を与えているとお考えでしょうか。

佐々木 スポーツと信頼感の関係を調べたイタリアの研究があります(注1)。体育館のようなところで、60人の人が、みんなばらばらに、スクワットなどを含む、ややきつめの軍隊訓練のようなエクササイズを30分間行います。そのあと、その会場にいた同士を相手が誰だかわからないようにして無作為抽出にペアを組ませ、あるゲームをして信頼関係の強さを測定します。すると、運動をしたペアは運動をしていないペアに比べて、相手への信頼性が高いことが実証されたんですね(注2)

「文化系の活動でも非認知能力は高まる」と語る、大阪大学大学院・佐々木勝教授

――野球やラグビーなど、チームワークを必要とするスポーツが仲間との信頼関係を強めるのはわかるのですが、チームワークを必要としない運動でも、一緒に運動する人を信頼してしまうということですか。

佐々木 そうです。そのとき一緒に協力して何かをしたわけでなくても、一緒に運動するだけで、その人に対する信頼が高まるということです。たとえば同じマラソン大会を走っていたなど、共通の運動体験があればいいんです。私自身は、中高時代は陸上部で中距離選手でした。陸上は個人競技ですが、暑い中、毎日これでもかというほど走らされました。その苦しい練習経験を共にすることによって、仲間への信頼感が強まりましたね。

最近は、アフターコロナで、企業でも運動会を再開しているところがあると聞きます。コロナ禍の時期には休止していたと思いますが、たとえばトヨタでは伝統的に、毎年、社内で部署対抗の駅伝大会を開催していて、それが異様に盛り上がるらしいんですね(注3)。全員が走るわけではありませんが、部内で数人が出場し、それを同じ部の人が応援するということでも、一体感が醸成されていると思います。

スポーツをすると大学進学率が上がる理由

――スポーツと出世の関係性についてはどうですか。

佐々木 ある自動車メーカーの従業員を対象に、スポーツ経験と出世の関係について研究をしたことがあります。その結果、中卒・高卒社員では、スポーツ経験がある社員のほうが昇進は早く、その後の職位も高くなる傾向があることがわかりました。一方、大卒社員の場合は、スポーツ経験と、職位や昇進度合いとの有意な関係が見られないという結果でした(注4)

――企業は、大学で運動部に所属していた学生を優先的に採用する傾向があります。就職に有利なのであれば、その後も出世しそうなイメージがありますが。

佐々木 スポーツしていたほうが、採用の際に有利なのは事実かもしれません。またその後の昇進でも、協調性や部下をまとめるリーダーシップなどの、「非認知能力」は、スポーツを通じて鍛えられやすいので、スポーツ経験者が有利になることは、中卒・高卒社員の昇進データに現れています。しかし大卒レベルだと、仕事をこなすうえで、いわゆる一般的な「頭の良さ」(認知能力)も重要になってきます。そのため、スポーツ経験が昇進に与える影響は相対的に薄れるということなのではないかと考えています。

――スポーツが非認知能力を高めるのではなく、スポーツをする人は、生まれつき非認知能力が高かったという可能性はないのでしょうか。

もっと直接的に、スポーツ経験の有無が社会的役割に与えた影響を検証した研究があります。2010年の研究(注5)で、基になっているデータは1972年と少し古いのですが、アメリカの連邦議会で、「Title IX」という男女教育機会均等法案が可決された際の効果を測った実験です。当時はこの法案により、女性にも男性と同様にスポーツの機会を与える学校に補助金を交付するという制度ができ、交付を受けたい学校は積極的に女性がスポーツをしやすい環境整備をしました。その結果、女性のスポーツの参加率は1972年の3.7%から78年には25%に上昇しました。更には、女性のスポーツ参加率が10%上昇するごとに、女性の大学進学率が1%上昇し、就職率も1~2%上昇するという結果が得られたのです。

この研究結果は、スポーツをするかどうかが、その人のその後の社会的地位を変えうることを示しています。その背景にあるメカニズムは、女性が、スポーツを通じて克己心、自制心、根性、忍耐といった非認知能力を蓄積したり、スポーツをすることで、「私でもできるんだ」という自信をつけたりしたことにより、大学、社会に進出していったというものではないかと想像できます。

――女の子の親御さんは、お子さんが将来社会で活躍することを期待するなら、スポーツこそ薦めたほうがいいのかもしれませんね。

佐々木 はい。「女性版骨太の方針2023」によると、2030年までに上場企業の役員の3割を女性にするという目標もあるようですが、数合わせのためだけに気が進まない人に、無理やり管理職になれと言っても、ジェンダーギャップの改善にはつながらないと思います。。むしろ、本人の進学や社会進出への意欲を高め、自信をつけてもらい、リーダーシップなど、役員にふさわしいスキルを長期的に涵養するという意味では、女性のスポーツを促進するというのも方策のひとつだと思いますね。

何より大切なのは「本人のやる気」

――運動が苦手な子供の場合、無理にスポーツの習い事などをさせると、逆に自信を失ってしまうかもしれないという懸念もあるかと思いますが。

 先ほどのデータが、たまたまスポーツに関連するものだったので、スポーツと非認知能力の関連性をお話しましたが、非認知能力を高めるのは、いわゆる文化系の活動でも全く構わないのです。生徒会活動や、文化系の部活動、習い事、ひいては学校生活全体が、スポーツと同じように非認知能力の向上に寄与すると思われます。もちろん、スポーツにしても、課外活動にしても、本人の自発性や、やる気が何より大切ですから、そうなるように仕向けることが重要です。

――体を動かすのが大事だとわかっていても、勉強時間とのバランスはどう考えればいいのでしょうか。

佐々木 一つ言えるのは、スポーツや課外活動で鍛えられる非認知能力と、勉強ができるかどうかということも含めた認知能力は、必ずしも別個に伸びるわけではないということです。アメリカで、部活動でスポーツをした生徒は無断欠席が減ることを示した研究があります(注6)。無断欠席がなくなれば、学校に行って勉強する時間が長くなるので、成績も上がるだろうと予想されます。また、スポーツをして非認知能力を高めたら、自制心が強くなり、集中力も増して、毎日何時まで勉強しようと自分で決めて勉強に取り組むので、成績も上がり、認知能力も高まるということも考えられるでしょう。非認知能力と認知能力は相互に影響しながら伸びていくものだろうと思いますね。

 ただ、だからといって、子供に受験勉強も運動もその他の習い事も、と何もかもいっぺんにさせるのは無理だということです。一日単位で時間の配分を考えるのではなく、たとえば、中学受験をすると決めたのなら、その間は受験勉強に集中して、受験が終わってから、中学で部活動に熱中するとか、時期をずらす。長い目で見たときに、勉強と、スポーツなどそれ以外の活動がとんとんになっていればいいと思うんですね。非認知能力は、中学であれ、高校であれ、どの時期でも高めることは可能ですので。

 ですから、あれも、これもと欲張らず、子供に受験させると決めたのなら、なにも、受験直前にピアノを習わせなくてもいいだろうし、水泳も後からでもいいじゃないか、と。タイミングをずらして必要な時期に、その子にとっていいタイミングでやればいいということをお伝えしたいですね。

(取材・構成 奥田由意)

 
(注1) Bartolomeo, G. D., and Papa, S. (2019)
“The Effects of Physical Activity on Social Interactions: The Case of Trust and Trustworthiness.”,  Journal of Sports Economics, Vol. 20(1) :pp.50-71.
(注2) 信頼度の測り方は次の通り。トークンという換金できるチケットを、ペアであるAとBのそれぞれに10枚ずつ渡して、AからBにまず好きな数だけ渡してもらう。BはAが渡した数の3倍分を受け取ることができる(増えた分は実験者が払う)。Bにはそのあと、Aに好きなだけ返すという行為をしてもらう。AがBを信頼していれば、Bがたくさん返してくれるだろうと予想して、Bにたくさんチケットを渡す。Bも、Aさんを信頼していれば、相手の信頼に応えようとしてたくさんチケットを返す。やりとりしたチケットの枚数を比較すれば、相手に対する信頼度の高さを測れるというもの。
詳しくは、大阪大学経済学公式YouTube 「スポーツ経済学ってなに?」を参照。

(注3) トヨタイムズスポーツ「日本最大級の社内スポーツイベント!? 3年ぶりのトヨタ駅伝大会、その舞台裏に密着!
(注4) 大竹文雄・佐々木勝 (2009) 「スポーツ活動と昇進」日本労働研究雑誌 No.587: pp.62-89
(注5) Stevenson, B.(2010)“Beyond the Classroom: Using Title IX to Measure the Return to High School Sports,” Review of Economics and Statistics, 92(2): pp. 284─301.
(
注6) Cuffe, H. D., Wanddell, G., and Bignell, W. (2017) “CAN SCHOOL SPORTS REDUCE RACIAL GAPS IN TRUANCY AND ACHIEVEMENT?” Economic Inquiry, Vol. 55(4): pp.1966-85.