入学試験過去問題を解く目的とは

 入試過去問題を解く目的は、受験校でどのような問題が出題されるかを知り、合格点までの距離(得点差)を知り、合格するために必要な課題をあぶり出して、演習を行い、合格点をとれるようにして、受験校に合格することです。

 目的は4つのポイントに細分化できます。

  • 目的① どんな問題が出題されるのかを知る
  • 目的② 学力を上げる
  • 目的③ 得点力を上げる
  • 目的④ 合格の可能性を判断する

「知彼知己者、百戰不殆。不知彼而知己、一勝一負。不知彼不知己、毎戰必殆。(彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず殆うし。)」

 紀元前5世紀、中国春秋時代に書かれた「孫子」の一節です。敵も味方も情勢をしっかり把握していれば、幾度戦っても敗れることはない。敵の実情を知らず、味方の実情のみをよく知っていれば、勝ったり負けたりする。「敵の実情を知らず、味方の実情も知らなければ戦うたびに必ず危なくなる」という意味です。

「敵」を志望校の入試問題、「己(味方)」を受験生と読み替えれば納得がいくでしょう。過去問題対策の目的のいずれかを強く意識して書かれている記事もあれば、全部合わせて書かれている記事もあるのです。まずは、目的①~④を一つひとつ見ていきましょう。

目的①どんな問題が出題されるのかを知る「知彼(彼を知る)」

 一部の例外がありますが、受験する学校ごとに出題される問題の傾向は異なります。よく出題される単元・ジャンル、問題の難易度、記述問題の多さ等、各校によって様々です。受験勉強の最大の目標は志望校に合格することですから、入学試験でどのような問題が出題されるのかを知ることが重要であるのは言うまでもありません。

 この「知彼」が主な目的で過去問題に取り組むのであれば、早いタイミングで解いておくと、今後どのような点に力を入れて学習すべきかを知ることができます。

 例えば、小学校5年生の段階で過去問題を解いてみて「○○中学校は漢字、ことわざや四字熟語といった知識問題の配点が大きい」ということを受験生自身が体感すれば、その後の漢字練習を丁寧に書くようになったり、知識問題の暗記を後回しにしなくなったりするでしょう。慶應義塾大学法学部の世界史の問題は『現代史』に関する出題が多いと知れば、「高校の世界史の授業のペースでは現代史まで終わらないかもしれないから、自分で早めに学習しておこう」と、学習計画を立てられます。

「知彼」が主な目的であれば、最新年度の過去問題が最も出題傾向を把握しやすいと言えます。そして、数年分を続けて過去問題にあたっておくと、「この中学は最後の大問で、長い記述問題が必ず出る」「この大学の国語は『古典』も出題範囲だが、『漢文』は出題されていない」など、各校の出題の特徴を知ることができます。「問題の特徴がつかめれば、実際に解かなくてもよい」「合格点に届かなくても大丈夫」という記事も出ていますが、「知彼」が主な目的であれば、妥当な考え方だと思います。

まとめ
どんな問題が出題されるのかを知るのが目的ならば、早めに過去問題にあたっておくとメリットがある

過去問題対策による「知己(己を知る)」

 過去問題は、ただ解いて何点とれたかどうかを知るだけでは不十分です。答え合わせをしてからが本当の過去問題対策といわれています。合格点までの距離(得点差)を知り、合格するために必要な課題をあぶり出して、対策を行うことで合格点をとれるようにするのです。あぶり出された課題によって行う対策も変わってきます。課題は、②の「学力を上げる」と、③の「得点力を上げる」に大別できます。  

  学力アップ目的 得点力アップ目的
到達目標 問題が解ける

時間内に解答用紙に

正解が書ける

解き方 問題ごとに解いてもよい 年度ごとに解く
何に解く ノートでもよい 解答用紙
時間配分

重要ではない

(ただし、所要時間は記録)

重要
問題を解く順

問題ごとの演習をする場合は

考慮しない

重要
解く問題の取捨選択

(解けなくても良い問題は

学力アップ目的での演習不要)

重要

東京個別指導学院が作成

目的② 学力を上げる

 ここで言う学力とは、問題を解く力のことです。問題が解けなければ合格ができません。学力を上げることが主目的の場合は、大問(場合によっては小問)ごとに問題を解く場合があります。例えば、算数の大問2の小問集合で毎年「和差算」を出す学校の場合、和差算が苦手な受験生は、各年度の過去問題から和差算を抜きだして集中的に演習することで効果をあげやすくなります。

 様々な「特殊算」のうち解き方の判断に課題がある受験生ならば、大問2の小問集合全体を各年度の過去問題から抜きだして集中的に演習すると効果が期待できます。学力を上げることが目的の過去問題対策では、解答用紙でなく、志望校ごとに用意した過去問題ノートに解いていった方が、どこで間違えたのか・どう考えれば正解できるのかの振り返りがしやすいでしょう。

 また、学力を上げることが主目的の場合は、早く解くことよりもまずは「解けるようになること」が重要ですので、時間制限を設ける必要はないでしょう。ただし、何分かかったのかの記録をしておくことは、大切です。それは「目的③ 得点力を上げる」の演習の際の、時間配分の見通しを考えるうえで必要だからです。

目的③ 得点力を上げる

 ここで言う得点力とは、この制限時間内に解答用紙に適切に正答を書く力のことです。問題を解く学力があっても、志望校に合格できません。入学試験本番では、制限時間内に解答用紙に正確に記入できた正答だけが、学校側から「わかっている」と判断され、得点になるからです。

 入学試験(筆記試験)は、どの受験生にも同じ制限時間を設けられ、その中で高得点がとれた順番で合否が決まりますし、満点をとらなくてもよい場合がほとんどです。そうなると、問題の時間配分、解く順番、解かない問題の見極め、見直しや解答記入時間なども考慮しなければなりません。

 これは、明治大学付属中野八王子中学校(2024年4月から明治大学付属八王子中学校)の2023年度 A方式入試第1回の算数の入学試験の結果です。

大間 設問 正答率 配点
合格者 不合格者
【1】 (1) 86% 81% 4
(2) 85% 78% 4
(3) 93% 72% 4
(4) 98% 88% 4
【2】 (1) 17% 8% 5
(2) 94% 77% 5
(3) 99% 84% 5
(4) 99% 83% 5
(5) 88% 74% 5
(6) 39% 21% 5
【3】 (1) 48% 25% 6
(2) 17% 2% 6
(3) 49% 38% 6
(4) 35% 10% 6
(5) 71% 35% 6
【4】 (1) 85% 58% 6
(2) 56% 23% 6
【5】 (1) 18% 10% 6
(2) 11% 4% 6

明治大学付属八王子中学校2024年度中学校受験用MEIJI UNIVERSITY HACHIOJI JUINIOR HIGH SCHOOL DATA BOOKをもとに東京個別指導学院が作成

 大問【1】は計算、大問【2】【3】は図形・文章題を中心とした小問題の集合。大問【4】【5】は文章題・グラフ・表・図形などに関する大問題です。各大問内の小問の配点は全て同じで、大問【1】は各4点、大問【2】は各5点、大問【3】以降は各6点です。

 問題を見ると、大問【1】~【3】は、(1)から順番に解かなくても正解を出せる問題です。合格者の平均正答率をみると、必ずしも平易な問題の順番に並んではいません。大問【2】(1)や【3】(2)は合格者平均でも正答率17%と正答率が低く、このような問題に時間をかけすぎると大問【4】にとりかかる時間が不足してしまいかねません。

 この回での合格者平均点は59.7点で、合格者平均正答率40%未満の問題が解けなくても合格者平均点を超えます。

 実際、大問【5】は、この学校に合格できる受験生の学力ならば、正答できる受験生の割合はもう少し高いのではないかと感じています。時間不足で解けなかった受験生もいたでしょうが、確実に合格点をとるために、あえてこの問題を解かずに見直しに時間をかけた受験生もいたのではないかと思います。

 得点力を意識した過去問題演習では、「大問【5】、大問【2】(1)や【3】(2)を解かない」という判断ができると、正答率の高い問題にかける時間や気持ちの余裕も生まれ、得点力が上がります。「制限時間内に解く順番」「解く問題の時間配分」「解かない問題の見極め」を、試験会場で受験生自身ができるように繰り返し演習を行います。この場合は、1年分を通して解かなければ、身につけることができません。

 得点力アップのためには、制限時間内に解答用紙に記入するという演習も必要になります。以下のように、算数を見ても、学校によって解答の仕方は全く異なります。

2023年度の算数の解答形式の違い(例)
学校名 解答形式
開成中学校 答えだけではなく全問題で、式や考え方、図などの記入指示がある
日本工業大学駒場中学校

答えの正誤で採点するが、全問途中式や計算等も記入できる(任意)

誤答については途中式が記入してあれば、部分点を与える場合がある

工学院大学附属中学校 一部の問題のみ途中式や考え方も記入する
青山学院中等部 全ての問題について、答えのみ記入する

各校の解答用紙をもとに東京個別指導学院が作成

 下のグラフは、大学入試模擬試験における受験生の自己採点と実際の得点の差異を調べたものですが、約9割の受験生がマークシートへの転記ミスをしていることがわかります。いくら問題を解く学力があっても、正しく解答用紙に記入できなければ、得点になりません。

自己採点と実際の得点の差

2013年度第3回ベネッセ・駿台マーク模試自己採点チェック(900点満点)をもとに東京個別指導学院が作成

 上記は大学入試での例ですが、中学入試でも試験担当の先生に話を聞くと、「内容は理解していると思われるが、『本文から抜き出して答えなさい』という問題で正確に抜き出していないような、指示通りに解答しないという誤答をしている」といったコメントは少なくありません。問題を解く学力があっても、時間制限からくる焦りや緊張感で得点力が低下することはよくあります。このため、「見直しも時間配分に含めて解く」「入学試験本番の制限時間よりも〇分短くして解く」といった進め方の過去問題対策を推奨する記事が出てくるのです。

目的④ 合格の可能性を判断する

 受験直前の過去問題演習は、本番の予行演習であり、合格の可能性を判断することが目的となります。「入学試験本番と同じ時間帯に、同じ教科・科目順で解いて、合格点がとれるようになっている」がゴールです。入学試験は各教科の合計点で合否が決まります(一部教科別に基準点を設けている学校を除く)。全教科の試験が終了するまで集中力を持続させる練習も必要でしょう。演劇で言えば、通し稽古です。過去問題演習で「休日に全教科解く」は、この通し稽古を想定したもの。「1教科ごとに解いてよい」は「一幕目」「二幕目」など各幕の稽古を想定した意見といえましょう。

 そして、合格の可能性を判断することが目的であれば、最新年度の過去問題で判断することが望ましいでしょう。ここで合格点がとれれば、自信をもって受験本番に臨めます。①~③の目的で過去問題を解く場合は、合格点がとれないことはよくあります。しかし、④の目的で解いた結果、合格点に届かなければ、受験生は不安に陥ります。場合によっては、出願校を見直して、次善校への出願検討が必要になる場合もあります。

まとめ
自信をもって入学試験に臨むために、直前期には合格点がとれるまで過去問題演習を行う

 ここまで、過去問題対策の目的をどこに置いているのかによって、過去問題を取り組む際の考え方に違いが出てくることを説明しました。ただ、志望校や受験生の状況によって過去問題対策の考え方も変わってくるのです。後編ではその点を見ていきましょう。