「そもそもなぜ中学受験をするのか」を言語化する

「中学受験は親の受験」といわれるほど、保護者が関与する割合が大きいのが中学受験です。本人の意思で志望校を決めて受験準備を進めることができる高校受験や大学受験に比べて、志望校選定から受験対策まで自分一人で行うには小学生はまだ難しい年齢だからです。このため、保護者がどれだけわが子をサポートし、家庭が一丸となって準備したかが合否を分けるといわれています。

「こんなに色々なサポートをしているのに、肝心の子どもは受験をまるで他人事のようにとらえている」というような相談を保護者からよく受けます。

 一方、お子様本人に話を聞くと、

中学受験は親が勝手に言い出したこと
勉強しなさい、宿題はやったの、とガミガミ言われる
中学受験のためになぜこんなに勉強しなければならないのか納得がいかない
 というような返答があることも少なくありません。
 

 中学受験をするなら、

  • わが子に将来どんな大人になってほしいと思うか
  • そのためにどのような教育環境を用意したいか
  • 教育に対して重視するのは何か

 といった家庭の教育方針や価値観を書き出してみることが大切です。そうすると、そもそもの「なぜ中学受験をするのか」という理由が明確になります。この理由の言語化が重要で、中学受験準備の軸であり、学校選びの軸ともなるのです。これから中学受験を始めるご家庭は、まずこの言語化から始めましょう。

 すでに中学受験準備に入っているご家庭でも、今一度原点を振り返ってみましょう。この言語化は、保護者のためだけに行うのかというとそうではありません。言語化は保護者の間で中学受験目的を明確にするためだけではなく、子どもが受験勉強を受け入れやすくするためにも行う必要があるのです。

 例えば「お母さんとお父さんの言っていることが違う」と子どもは困惑してしまいますよね。

中学受験準備を始める前に、子どもも合意形成にかかわらせる

 保護者が受験目的を言語化したら、「どんな大人になってほしいのか」「そのためにどのような環境で中学高校生活を過ごしてほしいのか」を、子どもに対して真剣に話してみてください。自分を愛し、将来を考えて話しているのだとわかれば、小学生であってもしっかりと心に響きます。じっくりと話し合い、子ども本人にとってより良い環境で中学校生活を送るための受験にチャレンジすることに合意形成を得ましょう。

 中学受験における保護者の負担は、想像以上に時間的にも精神的にも経済的にも大きいものです。そしてまだ小学生である本人にも、時間的、精神的、身体的な負担が大きくかかってきます。それらを乗り越えて中学受験の成功を勝ち取るためには、「中学受験をする確固たる目的」について合意形成する過程から子どもをかかわらせることが必要なのです。

学校選びには労を惜しまない

 書き出した家庭の教育方針や価値観をもとにして、子どもと一緒に中学校のウェブサイトを見てみたり、オンライン説明会に参加したりして、「わが子に向いていそう」と思える学校をいくつかピックアップしましょう。その際に偏差値にはこだわらずに選んでいくとよいでしょう。それが今後の併願校選びに役立ちます。

 ピックアップしたら、それぞれの中学校の説明会や公開行事になるべく多く足を運びましょう。実際に訪れることで強みや違いが見えてきます。例えば、今はどの中学校も教科学習だけではなく、グローバル教育や理数教育、ICT教育、探究学習に力を入れています。しかし、それぞれの中学校が大切にしている教育への考え方や、施設の充実度の違いといったものは、ウェブサイトやガイドブックの限られたページではわからないものです。

 このように学校選びでは労力を惜しまずできるだけ多くの中学校を見ていただきたいのですが、わが子に向いていそうな中学校や家庭の教育方針に合いそうな中学校を探すときは、塾にも相談してみるとよいでしょう。子どもは家庭では見せない側面を塾では見せていることがあり、塾の先生は保護者が気付かなったような学校を提案できることがあります。

学校選びには時間をかけよう 出典:PIXTA

「わが子は●●中学だけ」にしない

 学校選びをする際に、「わが子に向いている中学校はこの学校しかない」と一つだけに絞りこまないようにしましょう。中学受験で第一志望校に合格できる受験生は3~4割であり、第一志望校ではない学校に進学した受験生のほうが多いのが現実です。

 また、志望順位を決めても構いませんが、「A中学は素晴らしいけれど、わが子にはB中学もC中学も向いていそうだ」といったスタンスがほしいものです。そうでなければ、「A中学校以外は通わせる価値のない学校だ」といつのまにか結論付けてしまいかねません。

 子ども側にも、「A中学に絶対に合格するぞ」という意気込みをもって受験勉強を進めることは大切ですが、志望順位だけにこだわると、「第一志望校が不本意な結果だったから中学受験は失敗だった」となりかねません。

志望校選びにも子どもを参加させる

 最初から明確な根拠を持って「自分はこの学校に行きたい。なぜなら~」と言える小学生は少ないです。そこが大学受験と違い中学受験の学校選びでの難しいところです。本人だけに目指す中学校を考えさせると、まだ行動範囲も視野も狭いので、有名な学校や近隣の学校、兄姉・親戚や知人が通っている学校を挙げがちになります。

 では、保護者が志望校を決めてしまえばよいのかというと、そうではありません。本人がかかわっていることが大切なのです。塾に通って授業を受けるのも、家で塾の宿題をするのも、入学試験を受けるのも、中学校に通うのも子ども本人であり、保護者ではないのです。志望校決定にも本人がかかわらないと、本人不在の受験勉強になってしまいます。

 学校を訪れたら、子どもの反応をよく観察してください。家に帰ってからは何をどう感じたのかじっくり話し合いましょう。人によって心に刺さるポイントは異なります。保護者と意見が異なっても、子どもの意見を否定しないようにしたいものです。「あなたはこの中学校に通ってみたいと思うか」をしっかり聞き、志望校選びそのものにも子どもを参加させましょう。

本人不在の受験勉強になると・・・

 中学受験の最も盛んな東京都でも、受験による中学校進学者の割合は21.7%です。公立中学校の生徒のほとんどが経験する高校受験や、進学率が56.6%の大学受験と比べて、大きな割合ではありません。東京都内でもまれに文京区のように過半数が地元公立中学以外に進学する地域もありますが、実は一般的な公立中学への進学者の割合が圧倒的に多いのです。

 子ども本人が中学受験を自分ごと化できていなければ、「友達は地元中学に一緒に通うことになるのに、なぜ自分だけ別の中学に行かなくてはならないのだろう」「他の子は遊んだりサッカーをしたりしているのに、なぜ自分は勉強をしなければならないのだろう」と思うのは当然です。

 保護者がわが子の将来を思って受験勉強をさせるために様々な工夫をこらしたとしても、本人に「やらされている感」「押し付けられ感」があると、

  • 自分から勉強しない
  • 考えようとしない
  • 問題の答えを覚えているだけ
  • 漢字の書き方が雑

 となることも少なくありません。これでは、机に向かっている時間の割に学習成果が得られないのです。

自己決定感の重要性 デシとライアンによる「自己決定理論」

 アメリカの心理学者エドワード・デシ氏とリチャード・ライアン氏によって提唱された「自己決定理論」では、行動に対する自己決定性の高さが、学業成績やパフォーマンス、精神的健康等に影響を及ぼすとされています。 特に、自分の行動は自分自身が自発的に行なっているものであって、他者から強制されているのではないと感じることが重要であるとされています。

「自己決定理論」のロジック

  1. たくさんの学校の中から進学したいと思う中学校を自分で選び(選択の感覚)
  2. その中学校を目指して自分から受験勉強を始め(行動の自己開始)
  3. 中学校を選んだのも受験勉強を始めたのも自分である(個人的責任)

と子ども自身が感じることで、自律性が育まれる。

 自己決定性の度合いが低ければ、「しないと叱られるから勉強する(外的調整)」、「塾のテストで点数が悪かったりクラスが下がったりすると恥ずかしいから勉強する(取り入れ的調整)」といった学習への態度が目立ちます。

自己決定性の度合いが高くなるほど勉強する 出典:PIXTA

 しかし、自己決定性の度合いが高くなるほど、「志望校合格は自分にとって価値があると思うから勉強する(同一化的調整)」、「自分の将来の夢を叶えるために勉強する(統合的調整)」という態度へと変わっていきます。*4

 元々は受験したいと思っていなかった子どもでも、「自分が選んだ学校に合格することは価値があることで、自分の目標や夢を叶えたいから勉強する」と思うことができれば、主体的に勉強するようになります。なぜなら、受験に対して本人に強い自己決定感があるからです。「自己決定理論」をもとに、子どもには、志望校探しだけではなく、今後の学習や生活上の約束事の決定にかかわらせるとよいでしょう。

本人が主役、保護者はサポートに

 子ども本人の志望度は重要です。志望校への強い思いは、受験勉強に取り組むためのエネルギーとなります。

 なお、6年生に上がる前であれば、保護者の志望校と本人の志望校が一致していなくても問題ありません。「入学したい学校に向かって受験勉強に取り組む」という方向性において、保護者と子どもとが一致していればよいのです。また、第一志望校を途中で変えてはいけないということもありません。たくさんの学校を見ていく過程や子どもの興味関心の変化によって、第一志望校を変えてもよいのです。目標とする学校が変わっても「目標に向かって頑張る」という方向性は変わらないからです。

 6年生の後半、子どもが「絶対に入学したい」と目指す学校が、保護者の志望校でないことがあります。よほどのことがない限り、第一志望校は子どもの志望校を優先した方がよいでしょう。「あなたの行きたい学校を受験してほしいけれど、お母さんがすすめる学校も受験してほしいな」と、受験スケジュールを工夫して保護者の意向を反映させることもできます。

 もし、本人が目指す志望校の合格可能性が薄かったらどうでしょうか。必死に取り組んでいるならば、やはりできる限り志望校は変えないほうがよいでしょう。そのほうが本人にとって後悔しない受験となります。保護者からは合格可能性の高い学校も受験するよう働きかけていただきたいと思います。子どもと保護者が「中学受験にチャレンジしてよかった」と思えるためには、1校は合格通知を確保することが重要です。

最後に

「中学受験は親の受験」といわれますが、中学受験は子どものためにあり、本人が主役です。勉強を教えたり、プリントを整理したり、スケジュールを管理したり、塾の送り迎えをしたり、塾のお弁当を作ったり、体調管理をしたり、心のケアをしたり、学校情報を収集したりと、保護者の役割は多岐にわたり膨大なものがあります。

 しかし、あくまでも主役は子どもであり、主役を支えるのが保護者の役目だと、私は考えています。いくら周囲の大人がお膳立てしても、本人が受験勉強を他人事のように思っていたり、保護者からやらされていると感じていたりする場合は、受け身なままの学習姿勢が改善されないでしょう。そして、少し難しい問題を見ただけで「わからない」と言い、「わからない」まま放置しがちです。

 一方で、本人が中学受験を決断し、志望校を決定した場合は、受験勉強に対しても自律的で、難しい問題であっても考え抜こうとし、わからないことを調べたり、なぜそうなるのか理由を考えたりと能動的な学習を行うようになります。その差は学習成果や入学試験にも表れてきます。

 中学受験の新年度が始まったばかりです。ご家庭で、そもそもなぜ中学受験をするのかを言語化して、価値観を共有し、中学受験や志望校をお子さまに関与・選択させてみてはいかがでしょうか。

 2023年の東京都のいわゆる「御三家中学校」の志願倍率が2.7倍(桜蔭中学)~4.3倍(開成中学)であったことによる(各校サイトより)
 東京都教育委員会 公立学校卒業者(令和3年度)の進路状況調査編では高等学校進学率は98.53%。大学進学率は文部科学省 「令和4年度学校基本調査」による。国私立中学等進学率は、東京都教育委員会 公立学校卒業者(令和3年度)の進路状況調査編より、都外中学校進学者を除く公立小学校卒業者のうち、国私立中学と都立中学進学者の占める割合
 Richard M. Ryan, Edward L. Deci : Self-Determination Theory: Basic Psychological Needs in Motivation, Development, and Wellness 
アメリカの心理学者エドワード・デシ氏とリチャード・ライアン氏によって提唱された「自己決定理論」
*4 ()の中は「自己決定理論」内の表現を和訳したもの