大学入試制度改革をめぐる不透明感が影響

 2008年9月に起こったリーマンショックは景気に大きな打撃を与え、受験もその例に漏れませんでした。2009年度以降、首都圏の中学受験率は下降を続けます。この下落傾向に歯止めがかかり、中学受験率が再び上昇を始めたのは、2015年度入試からです。

首都圏中学受験率
※出典:首都圏模試センター発表資料より東京個別指導学院が作成

 2015年度以降の首都圏中学受験率の上昇の要因は何だったのしょうか。そのひとつは「大学入試制度の変化の不透明感」にあったと見ています。

 2014年12月、文部科学省中央教育審議会が「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」と題する答申を公表しました。その中には「高等学校基礎学力テスト(仮称)」を2019年度から、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」を2020年度から導入する案や、各大学が個別に行う入学者選抜の改革の方向性などが示されました。特に「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」は従来の大学入試センター試験から大きく変わるもので、当時は大きく報道されました。

2014年12月に中央教育審議会が示した
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」案(抜粋)

・年複数回実施
・CBT(コンピューターを利用する試験)方式での実施を前提に開発
・記述式問題の導入
・「教科型」に加えて「合教科・科目型」「総合型」の問題を組み合わせて出題
・高難易度の出題を含む
・英語は四技能を総合的に評価できる問題の出題や、民間の資格・検定試験を活用

※出典: 「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(答申)(中教審第177号)をもとに東京個別指導学院が作成

 この答申を受けて発足した「高大接続システム改革会議」において、推進方策についての議論が始まります。しかし、検討が進むにつれて、実現に向けてのさまざまな問題点が浮上してきたため、「迷走中」と表現する報道も見られました。

 このような状況下で、新入試制度への対応力は公立校よりも私立校のほうが高いのではないかという期待が集まった結果、中学受験率が上がっていきます。中学受験率は2014年度で下降傾向が底を打ち、2015年度以降は上昇傾向に転じています。

文科省の定員管理政策の変更による影響

 このような大学入試改革の動きとは別に、2016年度から文部科学省による「私立大学の定員充足率の基準の厳格化」が始まりました。これは、入学定員に対する入学者率が一定の基準を超えた大学に対して、国の補助金を減額もしくは不交付とするという政策です。

平成28年度以降の定員管理に係る
私立大学等経常費補助金の取扱について(通知)
  定員規模8,000人以上の大学の入学定員超過率
2015年度 1.20倍 私学助成を全額不交付
2016年度 1.17倍 私学助成を全額不交付
2017年度 1.14倍 私学助成を全額不交付
2018年度 1.10倍 私学助成を全額不交付
2019年度 1.00倍 超過入学者数に応じて減額

※出典: 文部科学省「平成28年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知) 」をもとに東京個別指導学院が作成

 この政策を受けて私立大学は合格者の絞り込みを行ったため、私立大学の一般選抜が難化しました。その影響もあり、系列大学への内部進学が可能な、いわゆる大学付属校(系属校・系列校・準付属校等も含む。以降も同様)の人気が高まります。その大学付属校人気を反映した形で、中学入試での難易度(模擬試験の合格可能性判定偏差値)も上がりました。図の朱色の折れ線は、GMARCH付属校の合格可能性80%偏差値の平均値の推移です(GMARCH:学習院大学、明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学) 。

 2008年のリーマンショック等の影響で、前述の通り2009年度以降の首都圏中学受験率は下降を続けました。中学受験率が下降する中、GMARCH付属校の平均偏差値は横ばい傾向でしたが、2015年度以降は偏差値が上昇に転じています。そして、大学入学定員超過率の基準が厳しくなる(=大学入試が厳しくなる)につれて、GMARCH付属校の平均偏差値の上昇ペースも上がりました。

首都圏中学受験率と大学付属校の平均偏差値
※出典: 2005年度から中学入試を行っている学習院中等科、学習院女子中等科、明治大学明治、明治大学中野、明治大学(中野)八王子、青山学院、立教池袋、立教新座、立教女学院、香蘭女学校、法政大学、法政大学第二の1回目の入試における、首都圏模試センター合格可能性80%結果偏差値(2005~2023年度)。2024年度は2023年12月合格可能性80%予想偏差値。共学校は女子の偏差値の平均。東京個別指導学院が作成。中央大学附属は2010年度募集開始のため含めていない

 その後、文部科学省は「平成31年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱について(通知)」により、「2019年度以降の入学定員充足率が1.0倍を超えた際に学生経費相当額を減額するペナルティ措置については当面実施を見送ることにし、3年後をめどに実施か否かを再検討する」としました。

 さらに「令和5年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱いについて(通知)」 では、2023年度からは入学定員超過率の基準を廃止して、収容定員超過率の基準に一本化しました。つまり、各年度の入学者数ではなく、大学の収容定員に対する全学年の在籍者数で判断することにしたのです。

 これまで年度単位で慎重に合格者を絞り込んで入学定員管理をしてきた私立大学の中には、入学定員割れに陥っていた大学もあり、2023年度は合格者を多めに出すことによりその補填を行いました。その結果、2023年度大学入試の入学定員超過率は緩和しました。この動きに合わせるかのように、中学入試でのGMARCH付属校偏差値の上昇傾向も鈍化していることがわかります。

 では今後、GMARCH付属校の人気や難易度は下がるのでしょうか。大学側としては、2023年度に多めに入学させた分、次年度以降は合格者を絞り込んで入学者を抑える必要が出てきます。収容定員超過率の基準は以下のようになっており、2025年度には1.10倍になりますので、定員管理政策によるGMARCHの数年後の難化は十分考えられます。

  定員規模8,000人以上の大学の収容定員超過率
2022年度 1.40倍 私学助成を全額不交付
2023年度 1.30倍 私学助成を全額不交付
2024年度 1.20倍 私学助成を全額不交付
2025年度 1.10倍 私学助成を全額不交付

※出典: 文部科学省「令和5年度以降の定員管理に係る私立大学等経常費補助金の取扱いについて(通知)」をもとに東京個別指導学院が作成

 GMARCHは、関東の高校生の「志願したい大学」ランキング(リクルート進学総研「進学ブランド力調査2023」)のTOP20に入る人気大学です。図のように、2005年以降に付属校化したいくつかの中学校では、入試難易度も上昇しています。
 

付属校・系属校化した学校の偏差値推移
※出典: 首都圏模試センター合格可能性80%結果偏差値(2024年は合格可能性80%偏差値2023年12月)をもとに東京個別指導学院が作成。(1回目入試の偏差値。共学校は女子の偏差値。学校名は2023年時点での学校名としている)

 日本学園は明治大学との高大連携協定を結び、2023年度の中学入学者から明治大学への推薦試験による入学が可能になったことで、2023年度入試の偏差値が2022年度より20ポイント上がりました。2023年度の中学入学者が高校に進学する2026年には、系列校として「明治大学付属世田谷中学校・高等学校」と名称も変え、男子校から共学校になります。今後も人気は高まっていくのではないでしょうか。

早稲田大学は戦略的に定員計画を発表している

 本コラム第6回第7回でも記しましたが、大学入試は一般選抜での入学者の割合が減り、付属校からの内部進学も含む学校推薦型選抜や、総合型選抜といった「年内入試」での入学者の割合が増える傾向にあります。

 2016年、早稲田大学は、一般入試とセンター試験利用入試を合わせた「学力重視型入試」と「推薦・AO型入試」の入学定員の比率を、2032年度までに4:6にする方針を示しています(進研アド「Between」2016年4・5月号)。

 2023年度大学入試での入試区分別の入学者割合を見ると、一般選抜と他の選抜の割合は、早稲田大学ではおおよそ6:4です。これを2023年度の全私立大学平均の4:6まで持っていくようなイメージです。

2023年度入試区分別入学者の割合
※出典: 全私立大は文部科学省「令和5年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況」、早稲田大学は旺文社「2024年度用大学の真の実力情報公開BOOK」をもとに東京個別指導学院が作成

 加えて、早稲田大学は「Waseda Vision 150 Annual Report 2022」の中で、入学定員削減の目標を掲げています。2022年との比較で計算したとき、2032年には(学部学生総数を4学年で割ってみると)1学年あたり平均791人も減っているというものです。

「Waseda Vision 150」学生数の実績と目標
  学部生計 学部生÷4 対2012年比
2012年実績 43,974 10,994 100%
2018年実績 39,704 9,926 90%
2019年実績 38,950 9,738 89%
2020年実績 37,879 9,470 86%
2021年実績 38,084 9,521 87%
2022年実績 38,164 9,541 87%
2032年目標 35,000 8,750 80%

※出典: 「Waseda Vision 150 Annual Report 2022」をもとに東京個別指導学院が作成

 2023年度入試では、少子化により私立大学の53.3%が入学定員割れになっていますが、早稲田大学は入学定員を確保することが難しくなるから入学定員を減らすのではないのです。早稲田大学は同レポートの中で、常勤教員を2022年度よりも1割増やすとしています。少子化に対応して学生の質を担保しつつ常勤教員を増員することで、少人数クラスによる対話型や問題解決型の授業を増やし、教育の質を高めることが目的なのです。

 2022年度(2022年11月)時点での学部生は38,164人でした。単純に4学年で割ると、1学年の学部生は9,541人となります。2012年度の1学年平均は10,994人でしたので、1学年あたりの学部生は10年間で1,453人減っています。さらに10年後の2032年度には、1学年あたり791人減っているという計画です。

「Waseda Vision 150」によると、2032年度の1学年あたりの学生数の目標は8,750人。このうちの4割が一般選抜となると、一般選抜による入学者は3,500人となります。「早稲田大学2024年度入学試験要項」によれば、一般選抜の募集人員は5,135人です。計算上、早稲田大学の一般選抜での入学者の枠は、8年間で1,635人も減ることになります。計画通りに進むと、2023年度の小学校・中学年の子どもたちが大学受験を迎えるときには、このような入試環境になっているということになります。

慶應義塾大学でも一般選抜による入学の枠が狭まっている

 慶應義塾大学は入試区分別の入学者数や、将来の学生募集の方向性を公表していませんが、総合政策学部、環境情報学部の両学部で、それぞれ275名だった一般選抜の定員を、2021年度から225名へと約2割削減しました。減少分を「AO入試」による募集定員で補いました。さらに、2025年度以降から 学校推薦型選抜(指定校による推薦入試、募集人員30名)の導入に伴い、一般選抜の募集人員を30名減らします。このように、一般選抜による入学の枠は確実に狭まっています。

 早慶の付属校の平均偏差値は、中学受験率の高低にかかわらず上昇傾向にありましたが、ここ数年は高止まりしています(図の青の折れ線)。しかし、今後は一般選抜で早慶に合格する道は狭くなると考えられますので、中学受験で付属に入学して、早慶進学への道を確保しようと考える受験生も増えていくでしょう。このため、早慶の付属校人気は継続するのではないでしょうか。

首都圏中学受験率との早慶付属校平均偏差値
※出典: 早稲田実業学校中等部、早稲田(第1回)、慶應義塾中等部、慶應義塾普通部、慶應義塾湘南藤沢中等部(4科)の首都圏模試合格可能性80%結果偏差値(2024年度は2023年12月予想偏差値。共学校は女子の偏差値)の平均をもとに東京個別指導学院が作成。早稲田大学高等学院中学部は2010年度より募集のため、含めていない

日本大学の付属校には進学校の側面も

 日本大学の付属校と一口にいっても、内部進学率が7割を超える日本大学豊山のような学校から、他大学への進学者のほうが多い日本大学第三のような学校までさまざまです。日本大学付属中学校の合格可能性80%偏差値の平均と中学受験率をグラフにすると、中学受験率の高低のトレンドに少し遅れて平均偏差値も上下している傾向が見られます。

首都圏中学受験率と日大付属中学等の平均偏差値
※出典: 日本大学附属、日本大学第一、日本大学第二、日本大学第三、日本大学豊山、日本大学豊山女子、千葉日本大学第一の第1回入試の首都圏模試合格可能性80%結果偏差値(2024年度は2023年12月予想偏差値。共学校は女子の偏差値)の平均をもとに東京個別指導学院が作成。日本大学藤沢は2009年度より募集のため、含めていない

 学校選びの最大ポイントが「大学付属校であること」という受験生の場合、第一志望がGMARCH付属校で、併願校の選択肢に日本大学の付属校が入るケースを多く見受けます。このことは、近年の日大付属校人気の理由のひとつと推測されます。日大付属校には他大学進学希望者向けのコースやクラスを設置している学校も少なくありません。こういった「進学校」としての教育力も評価されていることから、首都圏中学受験率は2024年度も上昇しており、日本大学付属校の難易度もおおむね継続しそうです。

中学受験での学校選びは、6年後を見据えて検討する

 2023年度入試では、早慶・GMARCH・日大等の付属校の中で志望者を減らした学校も少なくなく、「付属校離れ」と評する識者もいました。対前年度では志望者数は減っているのですが、これまで見てきた通り入試難易度は全体的に上昇傾向です。志望者が減ったからといって、必ずしも入学しやすくなったとはいえません。

 中学受験での学校選びの難しさは、出口(主に大学進学)を考える際に「子ども・大学・入試の6年後をイメージしなければならない」ということです。「子どもの将来・大学の将来・入試の将来」の3つのポイントを見ていきましょう。

 まず、「子どもの将来」についてです。大学付属校を選択する場合のデメリットとして、在学中に将来の夢が変わったときに対応しにくくなる点が挙げられます。大学にはそれぞれ学部が複数あるものの、すべての学問分野の学部が設置されている大学のほうが少ないのです。そのため、付属先の大学では将来の夢が叶えられないということも出てくるでしょう。条件はさまざまですが、内部推薦の権利を確保したまま他大学を受験できる大学付属校もあります。この点は学校説明会でしっかり確認しておいたほうがよいでしょう。

 次に、「大学の将来」についてです。GMARCHというと、理系学部が文系学部よりも充実していないという印象を持っている保護者もいるかもしれませんが、数年以内に理系・情報系の学部が新設されることはご存じでしょうか。2026年度に立教大学が「環境学部(仮称)」を豊島区に、青山学院大学が「統計・データサイエンス学部(仮称)」を渋谷区に、2027年度に中央大学が「農業情報学部(仮称)」「健康スポーツ科学部(仮称)」を八王子市に新設する構想を発表しています。大学の変化に関する情報にも、保護者は敏感になっておくとよいでしょう。

 最後に、「入試の将来」についてです。難関私大でも、今後は一般選抜での入学者数が減っていく方向だということ、本コラムで触れたように、収容定員率の問題で人気大学では合格者の絞り込みが再び始まりそうだということ、早稲田大学のように戦略的に学部学生数を減らす大学が出てくること、などが考えられます。

おわりに

 中学受験の志望校選びは、大学進学に直結しています。「将来学べる学問の選択肢を広げておきたいから、中学は付属校ではなく進学校に」という考え方もあれば、「近い将来、一般選抜での難関私大への道は狭くなりそうだから、中学から付属校に」という考え方もあります。どちらが正解ともいえず、ご家庭の教育方針によっても答えは異なるでしょう。いずれにせよ、直近の倍率や偏差値の高低だけではなく、中長期的なトレンドや6年後を見据えた志望校選択を行うことが重要です。