「自己効力感=自分ならやればできる」が行動につながる

「自己効力感(Self-efficacy)」とは、行動を起こす前に感じる「自分にはできそうだ」という感覚のことで、カナダの心理学者のアルバート・バンデューラ(Albert Bandura)が提唱しました。*¹

 自己効力感は、目標達成のために必要な行動を起こすきっかけになります。誰しも「自分ならばきっとできる」と思えればすぐに行動を起こしますが、「自分にはどうせできない」と思えばなかなか行動には移せないものです。子どもの学習においても同様です。

自己効力感が高い場合

 自己効力感が高い子どもは、困難に直面した時でも「自分ならやればできる」と、自分自身を信頼することができます。解決のために行動に移すことができ、実際に行動することで目標を達成したという成功体験が増えていきます。成功体験が積み重なるほど、自信がつきます。

 このようなサイクルをたくさん回すほど「やればできる」という自己効力感が高まるのです。学習面では、難しそうな問題に対しても「自分に解けないはずがない」「きっと解ける」「必ず解いてみせる」と粘り強く取り組みます。

自己効力感が低い場合

 一方、自己効力感の低い子どもは、困難を目の前にしたときに、「自分になんかできるわけがない」「きっと失敗する」と感じてしまいます。うまくいった自分の姿をイメージすることができないため、立ち向かう気持ちが湧かず、行動も後回しにしてしまいます。

 行動を始めても、些細なことで「やっぱり自分にはだめだ」と諦めてしまいがちです。学習面では、難しそうな問題に対して「できっこない」「自分には無理だ」と思い、解くことをはじめから諦めてしまいます。

「結果期待」と「効力期待」

 バンデューラは人が行動を起こす動機を「結果期待(Outcome expectation)」と「効力期待(Efficacy expectation)」の2つに分類しています。「結果期待」とは、ある行動をしたらこういう良い結果になるだろうという予測です。「効力期待」とは、その結果を導くための行動を自分ならうまくできるだろうという予測です。自己効力感は「効力期待」を指します。

 ここでは『偏差値が必ず上がる問題集』という本があったと仮定して、子どもの心情を分類してみましょう。

結果期待が高く⤴、効力期待も高い⤴状態

「この問題集をマスターすれば偏差値が上がりそうだし、自分ならできそうだ」と思うときは、結果期待と効力期待がともに高い状態です。「やればできる。よし、取り組んでみよう」と実際の行動(勉強)に結びつき、高い学習成果が見込めます。

結果期待が低く⤵、効力期待が高い⤴状態

「自分ならできそうだ」という効力期待があったとしても、「この問題集をマスターしたところで偏差値が上がるはずがない」といったように結果期待が低ければ、どうでしょう。「やっても意味がない」「こんな問題集をやらせようとする先生や親はおかしい」などと考え、不満や不信感を持つようになります。

結果期待が高く⤴、効力期待が低い⤵状態 

「この問題集をマスターしたら必ず偏差値が上がる」という結果期待があっても、「難しくて自分にはできるはずがない」と効力期待が低い状態ならば、取り組むのを嫌がるでしょう。問題集に対する期待があるだけに、「できないのは自分に能力がないからだ」「どうせ自分なんて」と考え、劣等感を抱きがちになります。

結果期待が低く⤵、効力期待も低い⤵状態

「その問題集をやったところで偏差値が上がるとは思えないし、難しくて自分にはできるはずがない」と思うような、結果期待と効力期待がともに低い状態の場合は、勉強に関して無気力の状態にあるといえます。

結果期待 効力期待
(自己効力感)
子どもの反応
心からの行動
不満、不信
劣等感、自己卑下
無気力

 学習カウンセリングで「子どもにやる気がありません」という相談を保護者から受けることがあります。本人から話をじっくり聞いてみると、結果期待と効力期待の両方もしくは片方が低いというケースが少なからずあります。お金を出してくれている親に悪いと思って、あたかも結果期待や効力期待が高いように見せかけてストレスをためている子どもは少なくないのです。

効力期待(自己効力感)を高めるための4つのポイント

 では、子どもの結果期待と効力期待を高めて「やればできる。よし、取り組んでみよう」と感じられる子どもに育てるためにはどうしたらよいのでしょうか。まずは自己効力感である効力期待から見ていきましょう。バンデューラは効力期待を上げるための4つの情報を示しています。

効力期待を上げるための4つの情報

  1. 成功経験:自分自身が何かを達成した経験や成功した経験
  2. 代理経験:他人が達成したことや成功したことを観察する経験
  3. 言語的説得:自分に能力があることを他人から説明される、言語的な励まし
  4. 生理的情緒的高揚:ワクワクすること、気分を高揚させること

1.成功経験:自分自身が何かを達成した経験や成功した経験

「成功経験」は上記1~4で最も強いといわれています。例えば、「自分は昨日もおとといも漢字を50字覚えることができた」という経験です。この経験があることで、「今日も自分は50字を覚えることができる」という効力期待につながります。

「成功経験」を効力期待へとつなげるには、本人が「できそうだ」と感じ→チャレンジして→達成するという段階が大切です。最初のチャレンジは低いハードルにして、確実にクリアさせましょう。そして、褒めましょう。「自分はやれたんだ」と実感させて、「次に取り組もう」という気持ちにさせるために褒めるのです。

 例えば、漢字を10字覚えるという小さな目標にして、「10字覚えることができたね!」と褒める。最初の週に毎日10字覚えることができたら、「今週は1日12字ずつ覚えてみよう。先週は毎日10字も覚えられたのだから、あなたならできる」とプライドを刺激しながら、少しずつハードルを上げていくのです。これを「スモールステップの原理」と言います。アメリカの心理学者バラス・フレデリック・スキナー(Burrhus Frederic Skinner)が提唱しました。

 仕事でも、前向きに「もう少しやってみようかな」と思うのは、うまくいって顧客や上長から褒められた時ではないでしょうか。子どもも同じです。学習成果を褒められた体験が多いほど、「おもしろいな」「もう少し頑張ってみてもいいかな」と子どもの学習意欲が増すように、経験上思うのです。 

2.代理経験:他人が達成したことや成功したことを観察する経験

「代理経験」は、例えば「自分と同じくらいの成績の子が合格した」と見聞きする経験です。「だったら自分にもできるだろう」という効力期待へと結びつきます。学校見学会などで、在校生と会話ができる機会を設けている学校があります。憧れの学校に通う先輩に「僕も今の君くらいの成績だったけれど、頑張って勉強したら合格できたよ」と言われたら、「頑張れば自分も合格できる」と思えそうです。

 ここで注意したいのは、伝え方によっては「他人との比較」と受けとめられかねないことです。「お兄ちゃんにできたのだから、あなたにだってできる」と保護者に言われると、「お兄ちゃんと比べてほしくない」と感じる子どもは多いことでしょう。

3.言語的説得:自分に能力があることを他人から説明される、言語的な励まし

「言語的説得」は、信頼する人や尊敬する人からの励ましやアドバイスです。先生やコーチから言葉で背中を押されて、「自分ならやればできる」と思えるようになることがあります。私の経験でも、算数に苦手意識があり偏差値が上がらなかった生徒が、「あなたなら今から頑張れば志望校に届く」と信頼する先生から言われて努力を始め、算数を克服し(むしろ好きになり)、最終的には国立大学医学部に現役合格したということがありました。

「言語的説得」は、どのような人から説得されるのかで効力期待の高まりは左右されます。サッカーを習っている子どもが、プロサッカー選手から「君はサッカーのセンスがある」と言われれば言語的説得効果は極めて大きいと言えますが、プロサッカー選手から「君は算数のセンスがある」と言われても、効果は小さいと言えましょう。学習においては、専門家でない保護者よりも、専門家である学校や塾の先生から言語的説得をされたほうが効果は高いのです。

4.生理的情緒的高揚:ワクワクすること、気分を高揚させること

「生理的情緒的高揚」は、一言でいうとワクワクする感情です。憧れの学校の公開行事や模擬授業に参加すると、先生が好きになったり在校生に憧れたりして、気分が高揚します。すると、自分にもできそうな気持ちになります。学校見学会への参加は、子どもに合う学校を研究するためだけではなく、子どもに「生理的情緒的高揚」を体験させる機会としても大切なのです。

効力期待(自己効力感)を高めるための2つの留意点

①成功体験は後からも共有する

 効力期待を高めるために、ご家庭で留意してほしいことがあります。「1.成功経験:自分自身が何かを達成した経験や、成功した経験」は、「過去の子どもの成功体験を保護者が繰り返し伝える」でもよいということです。自分がうまくいった体験を忘れてしまう子どもは案外多いのです。

「ほら、あの時はこうしたらうまくいったよね」と、ぜひ声をかけてください。保護者が子どもの成功体験を蓄積して、子どもと共有することはとても重要です。

②できてあたりまえと思うようなことでも、認め、褒める

「以前よりも伸びている」「できなかったことができるようになった」「先週できるようになったことが今週もできた」など、大人からすると「できてあたりまえ」と思うようなことでも、すばらしいことだと認め、褒めるように心がけるとよいでしょう。子どもは、保護者が「わかってくれている」「認めてくれている」と感じることで安心し、気持ちを話しやすくなります。

「結果期待」を高めるためには

 では、結果期待を高めるためにはどうしたらよいでしょうか。それには結果期待を持てる状況を整えることです。受験勉強で言えば、「この問題集や参考書をこのように使って、このペースで勉強すれば、偏差値が上がる」「このカリキュラム通りに進めると、実際にこれだけの成果が出ている」というような、客観的に見て結果期待を持てる状況を整えるのです。

 そのうえで、本人が「なるほど」と思うことが大切です。「言われたとおりに勉強すれば偏差値が上がるかもしれないけれど、受験予定の5校は過去10年以上ニュートン算は出ていないのになぜ今やるのか」という疑問を子どもが抱いていたら、結果期待は低いでしょう。そんなとき、塾の先生が「君の第一志望校と第三志望校の理科では力学の問題が頻出だけれど、君の力学分野の得点率が低いんだ。だから、力学だけは基本問題集から時間をかけて進めたほうが、入試の得点数が上がりそうだよ」と説明したらどうでしょうか。

 このように、客観的に妥当な内容を子どもに丁寧に説明して、納得させることで、結果期待を高めるというプロセスは、勉強の専門家ではない保護者にとって難しいことです。塾には成果につながる知見や指導経験、ノウハウがあります。塾の先生のような専門家を相談先として確保しておき、情報交換や情報共有を緊密に行うことをお勧めします。

終わりに

 子ども本人が「自分ならやればできる」と感じて学習を進めるには、ご家庭のサポートが大切です。中学受験勉強の道のりは長く、スイスイと平穏無事に進めることができるご家庭は稀です。勉強をなかなか始めようとしないときは、思い込みを排除してよく観察し、「なぜやりたがらないのだろう」と考えてみましょう。

 今回紹介した「結果期待」や「効力期待」が低い場合もあります。前回紹介した「自己肯定感」が低く、「失敗してお父さんお母さんに見捨てられたらどうしよう」と不安に思っているのかもしれません。第1回で触れた「自己決定感」が希薄なために、受験勉強が他人事になっている場合もあるでしょう。

 原因によって、するべきサポートは変わってきます。子どもの視点に立って発言や行動を受け止め、子どもを理解することから始めていきましょう。

*¹「自己効力感(Self-efficacy)」という概念が登場したのは、1977年、“Psychological Review” (American Psychological Association)誌に掲載された“Self-efficacy:Toward a unifying theory of behavioral change”という題の論文