経済学者以外には常識的な話だが、人間というものは経済合理的な存在ではない。つまり、理屈に合わないことを平気でやる。その最たるものが自爆テロだろう。自分が信じる「正義」のために、自ら爆弾を抱えて死んでいく行為はまったく合理的ではないが、アフガニスタンあたりでは毎日のように若者が自爆しているし、数十年前までは日本にもそのような若者が多数いた。

 日常生活においても、人は往々にして非合理的な行動を喜んでやる。アメリカの調査によれば、高所得者よりも低所得者の方が、自分の収入に対する寄付の割合が高いという。つまり、低所得者の方が寄付に熱心だということだ。一般的に高所得者の方が可処分所得が高いので寄付も多くなるはずだが、実際にはそうはなっていない。低所得者の方がコミュニティ意識が高いとか、他人を思いやる気持ちを持っているとか、いろいろな理由は考えられるが、いずれにしても合理性で説明できる話ではない。

 人は物語の中で生きているし、その中でしか生きられないというのが、非合理的行動を取ることの理由なのだが、マーケティングというものは、多くの人が共感する物語を紡ぐ行為であるといえる。

共感を引き出す最も強力な方法
『映像』が持つチカラ

 社会貢献も同様で、途上国に学校を作るために寄付を集めたり、障害者のためのトイレマップを作るためのボランティアを募るためには、共感のための物語が必要だ。社会貢献活動には人の感情を動かす物語を伝える必要があり、物語を伝える最も強力な表現が『映像』である。

 多くの人が地球温暖化に関心を持ったのは、気候学者の詳細なレポートの数字ではなく、アル・ゴアの映画「不都合な真実」によってである。

 世界最大級のチャリティムーブメントとなった「バンドエイド」にしても、その発端はニュース映像だ。アフリカの饑餓を伝えるその映像を、イギリスのロックスターであるボブ・ゲルドフがたまたま見ていた。その映像に心を動かされたボブ・ゲルドフが仲間を集め、チャリティCDを発売し、「バンドエイド」の活動があの「ウィ・アー・ザ・ワールド」につながっていく。

 映像にはやはり、世界を変える力がある。だから、映像の力で社会問題への関心を喚起し、社会の理解と支援者の獲得をめざす人たちが増えている。

映画「アリ地獄のような街」。全国で50回以上上映され、5000人近くの観客を動員。映画収益の一部は、バングラデシュのストリート・チルドレンの自立を支援するための職業訓練センター「エクマットラアカデミー」の建設に充てられる。(C)エクマットラ

 バングラデシュのストリートチルドレンを支援しているNGO「エクマットラ」は、映画「アリ地獄のような街」を製作。この映画は、バングラデシュの人たちでさえよく知らなかったストリートチルドレンの実態をリアルに描き、同国での上映時に大きな話題を呼んだ。

 エクマットラの共同創設者で、この映画のプロデューサーでもある渡辺大樹氏は語る。

「エクマットラの共同創設者で代表のシュボシシュ・ロイはもともと映画監督だったので、映画を作るノウハウはすでにあった。だから、自分たちの活動の背景にあるストリートチルドレンの問題を伝えるために映画を作るという発想は、自然にでてきたんです」