平野レミさん「世が世なら私は大令嬢」大金持ちの祖父とロスチャイルドの意外な接点とは?Photo:SANKEI

料理愛好家・平野レミさんの祖父のヘンリイ・P・ブイ氏は、日本美術愛好家でサンフランシスコ日米協会初代会長だった。その「ブイおじいさん」の墓参りに行った際、ひょんなことからロスチャイルドと平野家の接点を知ることになる。平野レミさんの華麗すぎる家柄をここに明かそう。※本稿は、今年3月に復刊された平野レミさんの初エッセイ『ド・レミの歌』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。

祖父の墓参りのためアメリカへ
母は墓前で般若心経を唱える

 私の父はフランス系アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれたミックスで、小さいときにすごくいじめられたり差別されたりしたし、戦争中はスパイ扱いされた。戦後は戦争の落し子たちの面倒をみて過ごした。

 その全部の原因をつくったのが父の父であるヘンリイ・P・ブイおじいさんなのですが、アメリカ嫌いだった父も、74歳にして初めてお墓参りのためにアメリカの土を踏んだのだった。

 お墓にはお線香を持っていった。サンフランシスコから花を買っていった。墓地が近づくと、父は黙ってベレーを取った。劇的な瞬間だもん。私は父のことをじっと見ていたのです。

 お墓では、前に案内してくれた管理人のおじさんが出迎えてくれたし、遠い親戚の外国人のおばあさんも72歳でクルマを運転して来てくれた。

 アメリカのお墓なのに、日本の線香をたいた。うちの母はこのときとばかり、昔から大好きな般若心経を、線香の煙のもうもうとする中で、カンジザイボサツシキソクゼクウなんてあげはじめた。管理人のおじさんはおったまげた顔で見ていた。

 お墓の写真をたくさん撮った。父は「お化けを守る会」をやっていて、心霊写真が大好きだから、私はこの写真におじいさんが写るんじゃないかと思った。帰って現像したら、なんにも写っていなかった。