「日本経済の通信簿」をめぐる怪しい議論

これと似たような話が、2016年夏場にも登場していたのをご存知だろうか?日本の国内総生産GDP)をめぐるちょっとした騒動である。

事の発端は7月20日、日銀のエコノミストが示唆に富んだあるレポートを公表したことだった。同レポートの試算によれば、2014年度のGDPは、政府公表値よりも30兆円多く、1.0%減の大幅なマイナス成長とされていた経済成長率は、実際にはプラス2.4%だったのではないかとされていた。

GDP統計は経済官庁である内閣府が公表する、いわば「経済の通信簿」であり、経済政策にとっては最も基本的な判断材料になる。その数値が正確でない可能性を指摘する論文が、金融政策を担う日本銀行から公表されたわけである。

GDPとは、日本全体で生み出されたモノやサービスなどの経済的な付加価値の合計であるが、「そもそも日本経済全体の付加価値を測定することなど、どうすればできるのか?」と思う人もいるかもしれない。その疑問は部分的には正しい。ニュースなどで報じられるGDPは、たいていの場合、さまざまな基礎統計に基づいた推計値である。四半期のGDP速報値が出るのはおよそ1ヵ月半後だが、そもそもこの時点では十分な基礎統計データが揃っているわけではない。すべてのデータが揃うまでには約2年、場合によってはそれ以上の時間がかかる。

GDPに推計値を使うのはどの国でも同じような事情なのだが、以前から日本では、GDP統計の作成プロセスに問題が指摘されている。基礎統計の使い方や推計方法、また、Eコマースのような新形態のサービス業の動向を把握できていないことなどが言われており、実際、日本のGDP推計には大きな測定誤差があるのだ。

このような事情は、プロの投資家や経済政策の担い手たちにとっては「常識」である。件の論文も、われわれが読めば、純粋にGDP統計の問題点を整理するために書かれたものに過ぎないことはすぐにわかる。しかし、これを取り上げた経済メディアは、「内閣府のGDP統計を日銀が批判。さらに内閣府側も日銀に再反論」といったセンセーショナルな対立構図を前面に出して報じたのである。

これも経済メディアのかなり恣意的な歪曲だと言わざるを得ない。2014年の実質GDP成長率が公式統計のマイナス1.0%ではなくプラス2.4%だったのだとすれば、やはり消費増税のマイナス影響は皆無であり、日本経済は盤石な成長を示していたことになるからだ。これもまた、さらなる増税を望む一部の人々には「非常に都合がいい材料」だが、それを考えると、あの報道の異常なセンセーショナリズムには、どこか奇妙な違和感を覚えずにはいられない。

ただしこれには後日談がある。2016年12月8日に再度、新たな推計方法に基づいた数値が発表されたのである。それによれば、2014年度の実質GDP成長率はマイナス0.4%だった。やはり消費増税があった2014年に、日本経済はマイナス成長を示していたのである。GDP統計のフレームワークについて見直しが必要なことは私も認めるし、その改善が急がれるのは事実だが、まずはおかしな議論に惑わされないことが先決である。

[通説]「消費増税はやむを得ず。経済不調は天候不順のせい」
【真相】否。痛恨の失策。「身近なニュース」にダマされるな。

村上尚己(むらかみ・なおき)
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。