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「原因と結果」の経済学
【第12回】 2017年4月14日
著者・コラム紹介バックナンバー
中室牧子、津川友介

チョコレートの消費量が増えると
ノーベル賞受賞者が増える?

2012年、世界でもっとも権威ある医学雑誌に、「国民のチョコレートの消費量が多くなるほどノーベル賞受賞者が増える可能性がある」という研究が発表された。2013年には安倍政権が成長戦略の柱として打ち出した「女性の活用」でも「日本人女性のノーベル賞受賞者の誕生を目指す」との一文が入っていることを考えると、日本はノーベル賞受賞者の数を増やすために国民のチョコレートの摂取を推奨するべきなのだろうか?

『「原因と結果」の経済学』の著者である中室牧子氏、津川友介氏によれば、「因果関係と相関関係について理解していれば、このような話に一喜一憂して振り回されることはない」という。詳細を聞いた。

一流の医学雑誌に載った
信じがたい研究

(写真はイメージです)

 チョコレートに含まれるフラボノールは、認知機能を高めることが動物実験などによって明らかになっている。

 このことに着目したコロンビア大学の医師が2012年に行ったデータ分析によると、1人あたりのチョコレートの年間消費量が多い国ほど、ノーベル賞を受賞している人の数が多いということがわかった。

 論文中にも掲載された図表1を見てみると、確かにチョコレートの消費量が多い国ほど、人口あたりのノーベル賞受賞者の数が多いように見える。日本はチョコレートの消費量が少ないし、ノーベル賞受賞者の数も少ない。

 この分析結果は、臨床医学の世界で最も権威がある雑誌である『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』に掲載されたため、さまざまな議論を呼んだ。

 論文の著者は、国民が1人あたり年間400g多くチョコレートを摂取すると、その国のノーベル賞受賞者の数が1人増えると結論づけた。荒唐無稽な話に思えるが、権威ある雑誌に載るほどの研究なので、信用してよいのだろうか。

 ここで少し立ち止まって考えよう。「1人あたりのチョコレートの年間消費量」と「ノーベル賞受賞者数」の関係は、因果関係と相関関係のどちらなのだろうか。

 「チョコレートを消費する量が多いからノーベル賞受賞者が多い」(因果関係)のではなく、「ノーベル賞受賞者が多くなるような国ほどチョコレートの消費量が多い」(相関関係)だけかもしれない。

因果関係……2つのことがらのうち、片方が原因となって、もう片方が結果として生じる関係のこと。「1人あたりのチョコレートの年間消費量」と「ノーベル賞受賞者数」の関係が因果関係の場合、国民のチョコレートの消費量を増やせばノーベル賞を受賞する人が増える。
相関関係……一見すると片方につられてもう片方も変化しているように見えるものの、原因と結果の関係にない関係のこと。「1人あたりのチョコレートの年間消費量」と「ノーベル賞受賞者数」の関係が相関関係にすぎない場合、国民のチョコレートの年間消費量を増やしてもノーベル賞を受賞する人は増えることはない。

ノーベル賞受賞者を増やしている
「第3の変数」

 上記の図表1を見てみると、ヨーロッパで人口1人あたりのGDPの高い国が右上に集中しているのがわかる。

 チョコレートは生きていくのになくてもよいいわゆる贅沢品であるので、裕福な国ほど摂取量が多くなるのは当然である。

 また国が裕福になれば、教育にもお金をかけられるようになるので、ノーベル賞受賞者を輩出できる可能性は上がると考えられる。

 つまり、「1人あたりのチョコレートの年間消費量」と「ノーベル賞受賞者数」のあいだには第3の変数「1人あたりのGDP」がある。「ノーベル賞受賞者数」に影響を与えているのは「1人あたりのGDP」であると考えられるため、「1人あたりのチョコレートの年間消費量」を増やしたところで「ノーベル賞受賞者数」は上がらないと考えられる(図表2)。

 このような「第3の変数」のことを「交絡因子(こうらくいんし)」と呼ぶ。この交絡因子があると、相関関係にすぎないものがまるで因果関係のように見えてしまう。

 あえて『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』誌の立場を擁護するなら、これは研究論文として発表されたものではなく、個人の見解を述べる「不定期のメモ」というコーナーに掲載されたものである。

 このコーナーは「個人の経験や一般的な医学研究の分野には含まれないようなことがらを説明する」ためのものだ。

 実は、もっと最近になってから、フラボノールを摂取したあとに脳のMRI画像診断と記憶テストを行った実験がある。

 フラボノールを多くとっていた高齢者は、フラボノールをほとんど摂取していない高齢者と比べて脳の機能と記憶力が改善していたことが報告されている。

 チョコレートを摂取するとノーベル賞受賞者になれる可能性が高くなるというのは言いすぎにせよ、記憶力がよくなるくらいの効果はあるかもしれない。

参考文献
Messerli, F. H. (2012) Chocolate Consumption, Cognitive Function, and Nobel Laureates, The New England Journal of Medicine, 367, 1562-1564.
Brickman, A. M., Khan, U. A., Provenzano, F. A., Yeung, L., Suzuki, W., Schroeter, H., Wall, M., Sloan, R. P. and Small, S. A. (2014) Enhancing Dentate Gyrus Function with Dietary Flavanols Improves Cognition in Older Adults, Nature Neuroscience, 17 (12), 1798-1803.
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中室牧子(なかむろ・まきこ)

慶應義塾大学 総合政策学部 准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日本銀行、世界銀行、東北大学を経て現職。コロンビア大学公共政策大学院にてMPA(公共政策学修士号)、コロンビア大学で教育経済学のPh.D.取得。専門は教育経済学。著書にビジネス書大賞2016準大賞を受賞し、発行部数30万部を突破した『「学力」の経済学 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

津川友介(つがわ・ゆうすけ)

ハーバード公衆衛生大学院 リサーチアソシエイト
東北大学医学部卒業後、聖路加国際病院、ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センター(ハーバード大学医学部付属病院)、世界銀行を経て現職。ハーバード公衆衛生大学院にてMPH(公衆衛生学修士号)、ハーバード大学で医療政策学のPh.D.取得。専門は医療政策学、医療経済学。ブログ「医療政策学×医療経済学 」で医療に関するエビデンスを発信している。


「原因と結果」の経済学

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