新しい現実
ダイヤモンド社刊
1785円(税込)

  「人がいかに学ぶかは明らかになっている。学ぶことと教えることが、コインの表と裏ではないことも明らかになっている。学ぶことと教えることは違う」(『新しい現実』)

 学校はあらゆる時代を通じて、学ぶことによって身につけられるもの、すなわち練習、反復、フィードバックなど行動によって学ぶべきものを学ばせることに果てしない時間を投入してきた。小学校で教える科目だけではない。大学の授業でさえそうである。

 これに対し、本来教師の果たすべき役割は動機づけし、指示し、激励することである。教師は相談相手となるべきものである。

 明日の学校では、学ぶことについては生徒自身が自らの教師となる。パソコンが道具となる。しかも若いほどパソコンを好み、パソコンによって学ぶことができる。

 学ぶことの動機づけは、学ぶこと自体にしかありえない。学ぶプロセスのステップごとに、学ぶことの満足を得られるようにしておく必要がある。

 つまるところ、緊急に必要とされているものが、IT技術と学習論を総動員したeラーニングの発展である。

 そして教師を学ぶことの監視者の役から解放し、教師本来の仕事のための時間をつくることである。

「世の中には教えられなければならないことがある。それは価値観であり、洞察力であり、物ごとの意味である。それだけではない。子供の長所をつかみ才能を成果に向けて方向づけを行うには教師が必要である」(『新しい現実』)