二冊のファイルを村津の前に出して、自分のファイルを開いた。
村津はファイルを開こうともしないで、森嶋を見つめている。
森嶋は二冊のファイルについて説明した。村津は無言で森嶋の話を聞いている。
「それで、なぜきみがここに来ることになったんだね」
「大統領の特使が私のアメリカ時代の友人でした。彼と総理との通訳をしたのが私です」
森嶋はロバートとハドソン国務長官のことを話した。
「不満はないのかね」
唐突な村津の言葉に、森嶋は何と答えたらいいか分からなかった。
「私が国交省を去ったのはもう4年も前です。名ばかりの『首都機能移転室』に嫌気がさしたのと、やはり省内のゴタゴタに疲れましてね。田舎はいい。冬は寒く、夏は暑い。その代わり春と秋はすごしやすい。非常にシンプル、単純明快です」
「政府は村津さんに今回立ち上げる『首都移転チーム』のチームリーダーになっていただくことを望んでいます」
「『首都移転準備室』から『首都移転チーム』ですか」
村津は低い声で笑った。
「政府も今回は本気になったようです。それでいちばん経験の深い村津さんにリーダーになっていただけないか、ということです」
「きみは本気でそれを信じているのかね」
森嶋はやはり答えることができなかった。
首都移転、たしかに夢のような話だ。ここに来る途中、電車の中で何度繰り返して言ってみても実感は湧かなかった。
地方で育った森嶋ですら、東京には特別な思い入れがある。彼らが本気で東京を離れるとは思えなかった。
「首都機能分散であれば望みはあるかもしれないが、全面移転となると荒唐無稽の構想となる」
「しかし状況が違ってきています。東日本大震災後、日本には想定外の災害が起こることを国民全員が認識しました。それにアメリカの危惧も理解出来ます」
「しかし関東大震災からも東京は立ち上がり、現在の復興を遂げた。日本のことを本気で危惧すべきは世界と言うわけか」
村津は二冊のファイルを見ながら考え込んでいる。
「改めて上のものから連絡があります。そのときは、正式要請があると思います」
「いや、それはすでにきている」
「では、東京に来ていただけますか」
その時、玄関が勢いよく開く音がした。そして廊下を歩いてくる音が響く。
村津は腕時計を見た。
足音が止まると同時に、ふすまが開いた。
「早かったな」
20歳代のジーンズ姿の女性が立っている。
「私の娘の早苗だ」
女性はぺこりと頭を下げた。
「パパ、用意は出来てるの。夕飯は東京で食べるんでしょ」
「森嶋君、荷物を積むのを手伝ってくれないか。表に車を止めてある」
早苗は奥の部屋からトランクを担ぎだしている。
森嶋は慌てて立ち上がった。
(つづく)
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