「だが、ファンドの連中がゴソゴソやっているのをどの省庁も気づいてはいなかったのか。財務省は何をやっている。金融庁は寝てたのか。日銀の連中の目も節穴か。明日の新聞が思い浮かぶ。どうせ、すべてが政府の責任だ」

「放っておけばいいかと思います。むしろ、喜ぶことではありませんか」

 官房長官の言葉を聞き総理は思わず睨みつけた。

「日本の格付けが一気に3段階も降格された直後です。その国の国債を買い漁るとは、その評価が間違っているという証明にもなりましょう。そのことを大々的にマスコミに訴えてはいかがです」

「たしかにその通りだ。しかし――」

 総理は再度考え込んだ。

「格付けが下がった国債を買い漁るとは、何か意味があるのではないのか。兆という資金を動かすからには、その背後に何かあると考えるのが道理ではないのか」

 官房長官の返事はなかった。

「すぐに調べさせろ。財務省、金融庁、すべての関係省庁、大学、研究機関、経済学者、政治学者、総動員して彼らの意図が何なのか調べるんだ」

 総理は一気に言うと大きく息を吐いた。

 メモを取っていた秘書が一礼して執務室を出ていった。

 ドアが閉まったとたん、官房長官が話しだした。

「しかし、これで野党も国民も多少は目覚めて、増税を現実的に考えるようになるかもしれませんな。いざとなれば、円を増刷すればいいことです。こうなったのは日銀の金融政策の失敗も一つの原因です。多少の脅しはいるでしょうが、手っ取り早く、可能な方法です」

「円の増刷は私も考えている。しかし最後の手段だ。諸外国が求めているのは日本政府の迅速で積極的な経済対策だ。増税では多少の税収は増えても、根本対策にはならん。やはり積極的な経済の活性化だ。それには首都移転だ。計画を急がせるんだ」

 総理は、いずれ最後の手段も使うことになるだろうと思いながら言った。

「来週中にも法案が出来あがると思います」

「急がせろ。国民に発表できるのはいつ頃だ」

「現在、首都移転チームの村津氏と調整中です。早ければ来月中には――」

「もっと早く出来んのか。今月中には発表したい」

「しかし、まだ十分な準備が出来てはおりません」

「野党との調整はどうなっている」

「自由党の殿塚さんを窓口にと考えていますが、打診はまだです。殿塚さんなら道州制がらみで話に乗ってくるでしょう」

 殿塚か。彼なら好都合だ。与野党共に顔が効く。首都移転と道州制をセットで話を進めると、早いかもしれん。

「殿塚と会う算段をつけてくれないか」

「それは早急かもしれません。与党の党首が直接野党の政調会長に会いに行くというのは前例がありません。もう少し根回しをしてからのほうがいいかと思います」

「ときには走りながら考えることも重要だ。今がそのときだ」

 総理は強い口調で言ってから、窓に目を移した。

 窓には猫背ぎみの貧相な男の姿が映っている。思わず背筋を伸ばして胸を張った。

(つづく)

※本連載の内容は、すべてフィクションです。
※本連載は、毎週(月)(水)(金)に掲載いたします。