【前回までのあらすじ】
高脇との電話は途中で切れた。森嶋が自宅に帰ろうとすると今度は理沙からかかってきた。今からそっちに行くという。理沙はタクシーでいつものコーヒーショップにやって来た。
理沙は森嶋に向かって「日本が沈没しかけているのに誰も有効な手立てを取ろうとしない」と言う。理沙は首都移転計画を発表することが日本の危機を防ぐ有効な手立ての一つだと考えているのだ。しかし迷っているので自分に相談に来ていると森嶋は考えた。そのとき、理沙の携帯電話が鳴った。店の外に出ていき、しばらくして戻ってくると「社に戻らなきゃ」と言い、再び店を出ていった。森嶋は理沙がタクシーを止めて乗り込むのを見てから自宅へ帰った。
翌朝5時すぎに携帯電話が鳴った。ディスプレイを見ると優美子からだった。優美子は「早く新聞を見なさい」と言って電話を切った。新聞を開いた森嶋は驚いた。
東京経済新聞一面に〈政府、首都移転を計画か〉という見出しとともに新首都模型の写真が載っていたのだ。すぐに理沙に電話すると〈日本政府が何もしないことに業を煮やしたの〉との答えが返ってきた。
急いで国交省に行くと、すでに半数以上の者が集まっていた。問い合わせの電話が次々かかってくる。優美子は森嶋がスクープ記事と何らかの関係があると疑っている。そこへ村津と遠山が事務次官室から戻って来た。村津は姿勢を正して全員を見渡して言った。
「近いうちに首都移転計画が本格的に動き出す。おそらく今日中に国民に対しても正式に発表される」。そう言うと部屋を出て行った。
総理も朝5時前に起こされ、渡された新聞の見出しを見て凍りついた。朝のワイドショーもその話で持ちきりだった。総理は直ちに閣僚たちに官邸に集まるよう連絡させた。
総理は、新しい首都移転計画を国民に伝える会見を開くという。その日の午前中に総理執務室で内閣総理大臣の緊急放送が行なわれた。隣には村津の姿があった。総理の発表演説は30分で終わった。総理の発表演説とマスコミとの会見により、日本の首都移転計画はその日のうちに世界中に広まった。
村津は午後に国交省に戻ってきた。村津は首都移転チームの若手官僚たち1人ひとり見回しながら「これらの事業を実現させるべく全力を尽くしてもらいたい」と檄を飛ばした。
総理の会見が終わった辺りから、株価が徐々に上がり始めた。為替と国債にもわずかながら上昇が見られた。
その夜、森嶋はロバートと落ち合った。アメリカ政府は、今回の日本政府の英断を大いに評価しているという。ロバートとは1時間ほど話して別れた。
しかし、総理の会見からほどなくして、都内を中心に首都移転反対運動が始まった。その波は東京から近県に広がり、拡大していった。神奈川、千葉、埼玉などの首都圏では反対の署名が集められた。討論会が各地で開かれ、大規模なデモとなって広がっていった。そして、数日前から総理官邸をデモ隊が取り囲むようになった。総理は、私がもう一度演説しようと言い出す。総理執務室に新首都の模型が運び込まれた。

第4章

2

 総理執務室の全員がしばらく無言で新しい首都模型を見つめていた。

「かなりイメージが湧くようになったな。この模型を内閣のホームページに載せてくれ。首都移転の意義と効用についても、さらに強調するよう指示してほしい」

 最初に沈黙を破ったのは総理だった。

「閣僚の感想は相変わらずよくないのか」

「残念ながら。しかし若手とそれ以上の者とでははっきりと意見が分かれます。若手は賛同者が多い傾向です。年配者は否定的な立場を取る者がほとんどです」

「若手と言っても40代、50代がほとんどだろう。30代なんて1人か2人だ。年齢層がもっと下がれば賛同のほうが多くなる可能性もある。大切なのは若者の意見だ。それも10代、20代の若者だ。彼らがこの新首都で、新しい日本を造っていくんだから」

「問題は国会の方です。衆参両院の議員たちにアンケートを回しましたが、ほとんど回収出来ていません」

「首都移転自体に反対というわけか。というより、様子を見ているんだろう。議員なんてそういうものだ。自分の意見を言える度胸のある者などいない」

「週末に世論調査を行ない、来週には結果が出ます。マスコミも同様な調査をやっています。その結果を見て、再考が必要かも知れません」

 総理は考え込んだ。それは、首都移転の撤回につながるものだ。

 総理の発表会見が行われて1週間がすぎていた。