大衆迎合的な政策に
国民がNOを突き付けた

 トラス氏からスナク氏への交代劇は、英国政治がポピュリズムに陥っていないことを示している。

 トラス氏は首相就任後、総額450億ポンドの大型減税策を発表した。しかし、財源の担保がない減税策は厳しい批判を浴びて、通貨ポンドは暴落。金融市場を混乱させた責任を取らせる形で、トラス氏は財務相だったクワジ・クワーテング氏を更迭し、看板公約をほぼ全て撤回した。

 トラス氏はその後、非主流派のジェレミー・ハント氏を後任の財務相に起用したが、党内融和はできなかった。内相のスエラ・ブレーバーマン氏が辛らつに政権批判してスピード辞任する事態となり、政権は機能不全に陥った。

 こうした要因が重なったことで、前述の通り支持率は急落し、トラス氏は辞任せざるを得なくなった。

 要するに、財源の担保のない、大衆迎合的かつ無秩序な政策に国民がNOを突き付けたのだ。国民の声を踏まえて政治家が動き、政権を交代させたのである。

 トラス氏の辞任を受けて行われた保守党党首選において、一度はトラス氏に敗れたスナク氏が勝利したことも、ポピュリズムと真逆の動きである。

 党首選の立候補には、党所属下院議員357人のうち100人以上の推薦が必要だった。スナク氏が180人を超える圧倒的な支持を集めた一方で、いまだ国民の間で高い人気を維持するジョンソン氏が再登板を模索したが、支持を集められず断念した。

 スナク氏は、金融大手ゴールドマン・サックス勤務後に政界入りした経済通だ。トラス氏の大型減税策を批判し、堅実な政策の実行による経済の立て直しを主張してきた。英国が、次々と起こる政治的混乱の果てに選択したのは、ポピュリズムではなかったということだ。

 そのため、英国の首相がわずか50日で退任したことを「混乱」と決めつけるべきではない。逆に、首相が間違いを犯していることを短期間で見抜き、交代させることができた体制に着目すべきである。

 スピーディーな首相交代の裏側には、本連載で主張し続けてきた、自由民主主義体制にあって他の政治体制にはない優位性があると筆者は考える(本連載第218回)。