40人のクラス中で、虫歯経験者は5人
学校給食の中にヒントがあった

 キシリトールが日本で食品添加物として認可されたのは、1997(平成9)年のことでした。私は新卒で入社した味の素を飛び出し、このキシリトールの原材料メーカーのマーケッターとして日本導入に携わりました。

 1992年、ジョインした原料メーカーの本社があるフィンランドに初めて行った時に、キシリトールの力を見せつけられたある出来事をご紹介します。

 それは首都ヘルシンキの小学校を視察した時のことです。4年生のクラスの虫歯予防の授業で、40人ほどの生徒に「これまで虫歯になったことがありますか?」という質問をしたところ、なんと5人しか手が上がらなかったのです。

 つまり、残りの子供たちは生まれてから9歳になるまで、一度も虫歯になったことがないというのです。フィンランドでは1980年代から学校給食の中でキシリトールが国の負担で子供たちに配られており、それにより子供たちの口の中の虫歯菌は非常に低いレベルで保たれ、その結果として虫歯を知らない子供たちが多く存在する環境が整いました。

 当時28歳だった私は、「キシリトールを日本に導入することで日本の子供たちの口の中もフィンランドの子供たちと同じ環境にすることができるかもしれない」という大きな夢と希望を抱いて、キシリトールのマーケティング戦略を企てました。

 今ではすっかり虫歯予防効果のある商品として認知されているキシリトールですが、このガムを世の中に広めるために大きく貢献したのが歯科医です。キシリトールを歯科医の力を借りて日本に広めようと思うという話をすると、当時周りのほとんどの人にそんなことができるはずかないと笑われました。

 歯科医が虫歯を予防するガムを売る。

 よく考えたら、皆が笑うのも当然でした。一般的に考えると虫歯が減ると一番困るのは歯科医です。しかし、そのいちばん困る人たちが、キシリトールガムを積極的に売ってくれたのです。

 なぜでしょうか? それは歯科医のビジネスにおいて患者との関係性をリデザインしたからです。それによって、歯科医がキシリトールガムを売るメリットが生まれたのです。

 1997年当時、日本には約6万5000軒の歯科医院がありましたが、すでに飽和状態でした。しかも、少子化傾向が明らかになったこともあって、歯科医師たちは危機感を募らせていて、実際に歯科医院の倒産や廃業が増えていきました。

 当時、日本の歯科医のビジネスモデルのほとんどが保険適用の治療型。つまり、虫歯や歯周病などを治療することでビジネスが成り立っていました。少子化で虫歯になる人が減ると、当然ながら収入は減ることになります。