ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
アマデウスたち

赤星隆幸
「患者に光を」その私心なき直向き

週刊ダイヤモンド編集部
【第57回】 2008年12月5日
著者・コラム紹介バックナンバー
赤星隆幸
写真 加藤昌人

 白内障は目の中の水晶体が濁り、視界がぼやける進行性の病である。水晶体を包む嚢(のう)から取り出し、人工レンズに入れ替える手術だけが有効な治療だ。以前は大きく切開し、超音波で水晶体を端から削り取っていた。だが嚢は薄くて脆く、長時間の照射は負担を強いる。18年前、プレチョップと呼ばれる術具を編み出し、水晶体を細かく砕いてから吸引する術式を完成させた。創口は3.2ミリメートル。血液は一滴たりともこぼれない。「今日の手術は1ヵ月前のそれとは違う」。今では1.8ミリメートルまで小さくなった。数分の手術で患者は光を取り戻す。もちろん日帰りできる。

 朝10時から午後4時まで40人、1年間で8000人の手術に追われる。5分で弁当をかっ込み、午後8時まで外来。翌週の手術を待つ患者のカルテをチェックし、家にたどり着くと、今日の全手術の録画に食い入る。眠りに就くのは、午前3時だ。

 バス運転手の父と保険外交員の母。決して裕福な暮らしではなかった。奨学金で自治医科大学に進み、当時のルールにのっとって地元・神奈川県で内科医として勤めた。眼科を諦め切れず、奨学金を銀行からの借金で完済して、東京大学に移籍した。「労を惜しまなければ、道は開ける」と確信する。

 金、土、日曜日も休まず、都内のクリニックで手術する。その稼ぎは海外手術のための渡航費に充てる。「名人芸であってはならない。技術を公開すれば、もっと多くの患者を治せる」。

(『週刊ダイヤモンド』副編集長 遠藤典子)

赤星隆幸(Takayuki Akahoshi)●眼科医。1957年生まれ。82年自治医科大学卒業後、横浜市立市民病院、神奈川県立煤ヶ谷診療所で臨床を行ないながら、自治医科大学で眼科・解剖学の研究を続け、1986年に東京大学医学部入局。東京女子医科大学、武蔵野赤十字病院を経て、三井記念病院勤務。1992年より眼科部長。

関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

週刊ダイヤモンド編集部


アマデウスたち

様々なジャンル、フィールドで活躍する異才にスポットをあてて紹介する。自身の原点となったコト・モノをはじめ、自身が描く夢まで素顔の異才達が登場する。

「アマデウスたち」

⇒バックナンバー一覧