衝動買いの仕掛け

「さて、質問だ。『認知』から『来店』に進む時には、現実にはいくつもの選択肢があるわけだ。例えばスーツを買おうと思っても『紳士服のしきがわ』以外にも店はある。その中から『紳士服のしきがわ』を選ぶのは、何か理由があるはずだろう?」

「確かにそうですね。チラシを見て、『他よりも安そうだ』とか、『前回、いい買い物ができた』『接客が良かった』なんていう動機は多いでしょうね」

「その通り。つまり『認知』から『来店』に進む時に、他の店にお客様が行かず、自店に来てくれるようにするための明確な動機づくりが必要だ」

「そうか。『認知』から『来店』に進んでもらうこと、つまり、他の店などに行かずに次に進むことが重要ということですね」

「そうだ。お客様がその店を選んで立ち寄る、明解な理由が必要ということなんだ」

 安部野は、さらにその次の矢印を描き、その先の円の中に『接近』と書いた。

「来店したら次は、どれかの商品の売り場に『接近』するわけだ。お客様が買おうと思っている目的の商品があるならば、そのコーナーにまっすぐ行くだろう。そういう目的のお客さんには、目当ての売り場にわかりやすく誘導できていればいい」

「その通りです」

「でも、その気はなかったのに、つい、『あれは何だろう』『良さそうだ、面白そうだ』『ちょっと見てみよう』と思って、売り場や商品に近づいてしまう、こういう経験は誰にでもあるはずだ」

「はい、よくあります」

「これが小売りの醍醐味だ。そしてファッションビジネスにおいては、まさにこれが肝心なところだ」

 なるほど、そりゃそうだ。

「つまり衝動買いの仕掛けですね」高山は言った。

「そうだ。衝動買いというと、なんだか買わなくてもいいものを買ってしまう行為のように響くが、現実的には、来店時には想定していなかった、機能、デザイン、用途など何かに優れた商品に出合うこと。つまり、自身が気づいていなかった潜在的な需要が堀り起こされるということだ」

「スーツの販売員をしていた時は、僕自身が入店されたお客様を売り場へ誘導して、商品の提案をしていました」

「スーツ販売は、今の小売りでは数少ない接客業のひとつだ。その他の圧倒的多数の小売業は、基本的にお客様が自分で売り場に行き、セルフで買い物をする。ファッションブランドの場合は、販売員が助言やアシストにつくことは多いがな」

 安部野は一呼吸入れた。

「つまり、売り場とそこにある商品は、お客様を引き付ける魅力を発していなければならず、まずは、お客様を棚の前まで、連れてくる力を持っていなければいけない」

「なるほど」

「そこで『接近』したら次に、商品を見て、選ぶわけだ」