配属先は、虎の穴コンサルティング

 その翌日、ヒカリはJR神田駅を降り、タイガーコンサルティングのオフィスに向かって歩いていた。

 道の両端には、無数の居酒屋と風俗店が軒を連ねていた。駅から10分ほどで、目指す雑居ビルに到着した。

 受付には人気がなく、中央のテーブルに古い形の電話機が置かれていた。ヒカリは受話器を持ち上げて、人事部のボタンを押した。

 まもなくして、中年の男が現れた。

「今日からお世話になります。菅平ヒカリです」

「こちらこそ。私はアサイメント担当の皆川です。よろしく」

 男は名刺を渡した。そこには人事部長皆川剛と書かれていた。
「さっそくだけど、社内を案内しよう」

 最初に皆川が案内したのは狭い部屋で、中央にはテーブルが2卓置かれていた。

「ここが君たちが使うスタッフルーム。うちのスタッフは全員で20名。机と椅子は共有です。それから、私物はこのロッカーにしまうようにしてください」

 皆川が指差したのは、駅と同じ形のコインロッカーだった。

 次にシニアルームに向かった。10卓余りの机が雑然と並んでいて、一人の男性が黙々とパソコンに向かって仕事をしていた。

「村西さん。今度配属になった研修生の菅平ヒカリさん」

 すると村西は、すっと立ち上がり覇気のない声でいった。

「大変なところに来ちゃったね」

「大変って…」

 ヒカリが聞き返すと、村西は「気にしなくてもいいよ。すぐにわかることだから」と言葉を濁した。

 シニアルームを出ると、皆川はヒカリの耳元で囁いた。

「村西さんは、君と同じニューコンからの出向者なんだ」

「え、ニューコン?」

「大学を出るまではエリートだったんだけど、気の毒に。タイガーに来て人生が狂ってしまったんだな。半年の研修予定が、もう5年だよ。彼はもう戻れないだろうね」

「そういえば…」

 その時ヒカリは入社式のときに耳にした「虎の穴」の意味を知りたくなった。