「水素社会」礼賛報道の陰で<br />燃料電池車が迎える苦境(上)「水素先端世界フォーラム2015」会場の正面入り口に展示された、トヨタ「MIRAI」。同車の販売開始が影響し、地元TV局など例年以上にフォーラムへの関心が高まった Photo by Kenji Momota

いま「死の谷」真っ只中
燃料電池車のプロが語る真実

「死の谷を越えるため、自動車メーカーとして何ができるのか? そのなかで、研究開発コスト削減のため、我々は2013年にホンダと技術提携を決めた」

 自身、燃料電池車に17年間関わってきた、ゼネラルモータース(GM)ジャパンのジョージ・ハンセン氏は、500人を超える来場者にそう語りかけた。九州大学が開催した「水素先端世界フォーラム2015」(於:九州大学伊都キャンパス[福岡県福岡市西区]、2015年2月3日)でのひとコマだ。

「九州大学と水素」、また「福岡県と水素」の密接な関係については、いまから6年前に、本連載第3回『トヨタも拝む“水素の神様”が激白!「エコカーの本命は燃料電池車だ」』、および第4回『「エコカーは電気自動車だけじゃない!」福岡発“燃料電池革命”の凄み~麻生渡知事が明かす水素新戦略』で詳しく紹介した。

 その後、筆者は福岡県が主導する「福岡水素エネルギー戦略会議」総会や九州大学での各種シンポジウム等で度々参加し、関係各位と情報交換してきた。

 そこで聞こえてくる関係者の本音は、最近になり経済メディアやテレビのニュース番組が浮き立って報道する「水素社会の華やかな部分」だけではない。

 GMジャパンの講演が示すように、燃料電池車は「死の谷」の真っ只中にいる、という認識が強い。

「水素社会」礼賛報道の陰で<br />燃料電池車が迎える苦境(上)次世代型の技術を市場投入する際、本格普及に向けて企業側の負担が拡大する時期がある。これを「死の谷」と呼ぶ。GMジャパンの発表資料より
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「死の谷」という表現は、様々な領域における次世代型製品に対して用いられる。民間企業は市場導入の後、本格的な普及による量産効果が生まれるまで利益が出ないが、ある“キッカケ”から一気に普及に向かい、利益を確保できるようになる。「死の谷」は、その状況を図式化した際の形状を指している。

 だが現実には、多くの次世代型製品は「死の谷」を越えることができず、文字通り死滅してしまう。燃料電池車も同様で、2000年代中盤に「死の谷」に埋もれた。九州大学や「福岡水素エネルギー戦略会議」の参加者の多くが、この第1次燃料電池車ブームの一部始終を見てきた。だからこそ、「今回は2度目の正直。今度こそ成功させたい」という想いと同時に、「まだまだ多くの課題を抱えている」という産学官の現状に対する厳しい目を持っている。