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平井 陽一朗の人材「共育」日誌

仕事で成長するには、挫折とロールモデルが重要だ

平井陽一朗 [ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター]
【第3回】 2015年5月15日
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あなたには“ロールモデル”がいますか?
Photo:yuuuu-Fotolia.com

前々回(三菱商事で学んだ4つのポイント)、前回(転職という成長機会)と、私の社会人駆け出しの頃の原体験を通じて、「育つ」「育てる」というテーマへのアプローチを試みてきました。

 書き進めるうちに、他の人はどうだったのだろうか、成長のきっかけやマインドセットに共通項はあるのだろうか、といったことが気になり始め、成長のΔ(デルタ)が著しいと個人的に思う友人たち数人と、周囲の方々にお話を伺ってみました。今回はその中から3人の友人の成長ストーリーを紹介するとともに、大きな成長を掴んだ友人たちに共通するポイントについて考察してみたいと思います。

「彼女に会いたいから」と突然の退社!
出戻った会社でアルバイトから出世頭に!?

 1人目は、引きこもり経験を持つというAさんです。彼は、10年足らずでアルバイトから上場企業の部長職へと上り、その後起業して、現在に至るという経歴の持ち主です。短期間でまるで出世魚のように成長していく様は痛快ですらあったのですが、その裏話には非常に興味深いものがあります。

 Aさんは、昔からコミュニケーション能力に自信がなく、それが災いして就職活動がうまくいかず苦労しました。そこで、それほど会話せずにすむ仕事に就くため、手に職をつけようとデザインの専門学校に通い、ウェブデザイナーとしてキャリアをスタートさせました。

 1社目は音楽関連の企業、その後仕事の幅を広げたいと転職したものの、そこでの過酷な労働環境に耐えかね、わずか1ヵ月で逃げ出してしまいます。求人広告に応募し、とある上場会社(X社)にアルバイト採用されたのが26~7歳の頃でした。それから30歳前までの2年強の間自己研鑽を積み、社員登用されます。更に当時手掛けていたサービスが成功し、課長にまで昇格するものの、突然退職してしまいます。

 この時の理由は“海外留学中のガールフレンドに会いたい”というもの。しかも、彼女とは会いに行った3日後にケンカ別れとなり、退職したものの半年間することもなく、結局は当てもなく海外でバックパッカーをする事態に陥ります(まあ、これはこれで貴重な経験なのかもしれませんが)。

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平井陽一朗[ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター]

ひらい・よういちろう/ボストン コンサルティング グループ(BCG) パートナー&マネージング・ディレクター。1974年、東京都生まれ。米国の公立高校を卒業後、東京大学経済学部卒業。三菱商事を経て、BCGへ入社。その後、ウォルト・ディズニー・ジャパン、オリコン取締役副社長兼COO、ザッパラス代表取締役社長兼CEOを経て、再びBCGに入社、現在に至る。ネットサービス系企業における経営経験などを活かし、デジタルコンテンツやEコマース領域などを中心に、企業戦略や事業開発、グローバル戦略等、数多くのプロジェクトを手掛ける。


平井 陽一朗の人材「共育」日誌

「育成」は本当に難しい。例え育成の仕組みが充実していても、育てられる側に成長への意欲がなければ成立し得ません。かといって「成長なんて自己責任」で片づけてしまえば、永遠に「育成」というものに対する解を得られません。それでは、育成がうまくいっているように見える会社とそうでない会社とでは何が違うのでしょう。そうした悩みの中で、私平井陽一朗が所属していた三菱商事、ボストン コンサルティング グループ、ディズニーなどの企業で得た経験を振り返り、「育つ」「育てる」という難しいテーマを考える端緒にしたいと思います。人材育成で悩んでいる方や、社会人として成長していく過程にある方にとっても、何かしらのヒントがあるはずです。

「平井 陽一朗の人材「共育」日誌」

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